第10話 佐藤繊維株式会社

 山形県寒河江市に「すごい繊維の会社」があると聞き、訪問した。その名は佐藤繊維。

この会社の名前を全国区の不動のものとしたのは、2009年1月20日に米国ワシントンで行われたオバマ大統領の就任式だった。この時にミシェル夫人が着用した二ナ・リッチ製のニットカーディガンの糸を製造したのが、佐藤繊維だったのだ。

10佐藤繊維2.jpg

ニナ・リッチのカーディガン


佐藤繊維の創業は1932年。80年近い歴史を持っている。早くから糸の製造だけでなく、ニット製品の企画・デザイン・製造・販売を手掛け、川上から川下まで一貫生産している。糸と製品の両方を手掛けているのは、国内では佐藤繊維だけだ。

しかし、日本の繊維産業の衰退は、佐藤繊維も例外ではなかった。繊維産業はもはや「過去の産業」となり、佐藤繊維もどん底の時には、130名ほどいた従業員を60名にまで削減せざるをえなかった。手間暇かけて作った製品を、トラックに積み込み、方々へ営業に行ったり、スーパーの前で販売したりもした。それでもほとんど売れなかったという。

10佐藤繊維5.jpg

フカフカの高級原料から糸が紡がれる

 2005年に四代目社長に就任した佐藤正樹社長は、「このままではダメだ。自分たちにしかつくれないものをつくろう」と腹を括る。さらに、「"いいものをつくればいい"という考え方だけでは、世界に通用しない。こちらから世界に発信し、ブランディングを仕掛けよう」と大きく舵を切った。

そのきっかけとなったのは、世界の糸の最高峰と呼ばれるイタリアの「ピッティフィラティ」展を訪問した際、地元の糸メーカーの工場を見学したことだったという。イタリアでは、糸工場の職人たちが自分たちのつくりたい糸を創造性豊かにつくっていた。

10佐藤繊維4.jpg10佐藤繊維3.jpg


糸を紡ぐ生産ライン


「イタリアの糸職人は誇りを持ったクリエーターなのに、自分たちは発注された糸をつくるだけの下請けにすぎない」。正樹社長は大きな衝撃を受けた。

帰国後、「自分たちにしかつくれないものをつくる」こととの格闘が始まった。オリジナリティ溢れる糸をつくるために、なくてはならないのが、糸織り機である。最新鋭の機械は安定した品質の糸を、効率的に大量生産するのには適しているが、個性的な糸を紡ぐことはできない。


そこで、古い機械を修復したり、改良し、もう一度命を吹き込む。現場の技術者たちとの協同作業に着手した。30?40年前の古い機械を全国各地で見つけてきては、ばらして、組み立てる。機械の購入代金は50万円なのに、輸送費に200万円、手直しにさらに数百万円かかることもあるという。

10佐藤繊維9.jpg

手直しを待っている古い機械

しかし、オリジナルの糸をつくろうと思えば、オリジナルの機械にこだわざるをえない。「技術があるからこそ、自分たちにしかつくれない糸を紡ぐことができる」という確信がその根底にある。佐藤繊維の優位性の根幹は、この生産技術にあると言っても、過言ではない。

10佐藤繊維6.jpg10佐藤繊維8.jpg

修理用の古いギアやベルトが大切に保管されている


もちろん古い機械だけを使っているわけではない。古い機械と新しい機械を組み合わせることによって、個性溢れる糸、製品が生まれてくるという。

機械・技術へのこだわりは撚糸だけではない。ニット製品の製作においても、その考え方は活かされている。稼働しているのは、世界で6割のシェアを持つ島精機製作所製のコンピューター制御の自動編み機。しかし、その後ろには、50年前の手製の編み機が置いてある。手製の編み機を使い、手探りで編んだ結果を数値化し、自動編み機にインプットする。「旧と新の融合」がここでも活きている。

10佐藤繊維11.jpg10佐藤繊維10.jpg


ニット製品の製作工程


もちろん、原材料にもこだわっている。南アフリカのモヘア、ペルーのアルパカなど、正樹社長自身が世界中を歩き回り、上質のものだけを選び抜いている。

こだわりは上流だけではない。下流のマーケティング、販売の面においても、佐藤繊維は革新と挑戦を続けている。2002年には自社ブランド「M.KYOKO」を立ち上げ、ニューヨークに進出。2007年からはピッティフィラティ展にも出展を開始。その結果、世界のラグジュアリーブランドの多くが佐藤繊維の糸に注目。現在では、二ナ・リッチだけでなく、シャネルも佐藤繊維の糸を採用している。

また、2006年からTV通販を開始。年に5?6回実施している。たった15分で3千枚を完売するほどの人気を博している。


ニット製品の単価は約2万円から5万円。当初は40歳代のキャリア女性をターゲットとして想定していたが、実際にはより幅広い層から支持を受けているという。

こうした努力の結果、年間売上高は2005年度が約12億円だったのに対し、2009年度は約19億円(グループとして)にまで拡大している。糸:ニット製品の売り上げ構成は、6:4程度である。

一時期は60名ほどにまで減った従業員数も、現在では120名に回復。ここ数年は毎年10名以上の学卒者を採用し、未来を築く若い血を入れている。その多くは縫製、裁断などの実地研修を体験した後、営業や海外展開の仕事に従事するという。古くからいる職人と若い人たちとの「旧と新の融合」が、人材という面でも起きている。

佐藤繊維は「衰退産業と言われる業界の中小企業がどのように生き残るべきか」のひとつのお手本を示している。そのキーワードは、「付加価値の高いオリジナルにこだわること」、それを生み出す「技術にこだわること」、そして自ら能動的に発信する「ブランディングにこだわること」の3つだと言える。

この3つの必要性は、既に散々言い古されている。しかし、たとえ頭で分かっていても、実践に乏しい、行動が伴わない企業が圧倒的に多い。腹を括り、退路を断って、取り組む覚悟が求められるのは言うまでもない。

「旧と新の融合」とは「新たな発想で、良き旧いものを活かす」という新たな価値の創造である。未来の構築とは、良き旧い価値を認めつつ、その一方で過去の成功体験を否定することだ。正樹社長が佐藤繊維の革新をリードしているように、「旧と新の融合」という新たな価値創造は、新しい世代が引っ張っていかなければならない。

 産業が衰退するから生き残れないのではない。衰退という荒波に抗おうとする情熱と知恵がないから、生き残れないのである。
訪問先

佐藤繊維株式会社

このページの先頭へ