第14話 銀座くのや

 東京・銀座6丁目。松坂屋の向かいに創業1837年(天保8年)の老舗和装店・銀座くのやがある。商号は「株式会社久のや絲店」。
 170年以上の歴史を持つこの会社の八代目は、菊池健容社長。私が講師を務める「MBAエッセンス講座」の受講生として知り合い、今回他の受講生たちと共に訪問する機会をいただいた。
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銀座くのやの店舗 

 実は、銀座くのやは私にとってはとても懐かしい場所である。他界した母親がくのやの大ファンで、年末には干支入りの手拭やぽち袋などを買っていた。私は荷物運びとして何度かその買い物に付き合ったことがある。
 当時学生だった私はくのやというお店や和装商品に興味を持つはずもなく、買い物の後に行く煉瓦亭という洋食屋で食べるカツレツやハヤシライスが目当てだった。だから、何度かこのお店には足を運んでいるのだが、「母がお気に入りの松坂屋の前にある古い和装店」という印象しか持っていなかった。
 今回、何十年かぶりで銀座くのやを訪問し、昔母親と共に訪れた時の記憶が少しばかり蘇った。そして、このお店がなぜ170年以上もの長きに亘って人々から愛され、存続してこれたのかの理由が見えた気がした。
 銀座くのやの発祥は糸問屋である。1837年に「久野屋菊池利助商店」という商号で、麻綿糸問屋としてスタートした。
 「糸」こそ、くのやの原点である。そして、その原点を大切にする思いは経営のあちらこちらに見え隠れする。
 商号に使われている「絲店」の「絲」は、二つの糸を意味している。縦糸と横糸である。縦糸と横糸が組み合わさって、織物は作られる。だから、店舗内のデザインには、縦糸・横糸をイメージした格子模様がいたるところに用いられている。

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縦糸と横糸をイメージした店内の格子模様


 お客様との取り引きも、「糸のように細く長いお付き合いを」と考えている。糸にこだわり、糸のような経営を目指したいという思いがそこには表れている。「原点」と「伝統」を大切にする経営である。
 その一方で、世の中のニーズは変化し、多様化する。くのやはそうした変化に敏感に対応してきた。
 創業後間もなくして、糸の商ないだけでなく、組紐や帯〆を手掛けるようになった。また、大正時代にはフランスやイギリスからレース糸やビーズ手芸用品を輸入し、販売を始めた。昭和の初めには、チェコ製ビーズ網を開発し、大流行させたという。
 戦後は昔から扱っている風呂敷を袋物に加工し、和装バッグを開発。1989年には300年以上の歴史を持つ「めうがや」という足袋屋を引き継ぎ、「くのや足袋」工場を開設した。
 和服を着る人がめっきり減った今では、和風テイストの洋装品や洋服、ギフト商品などを強化している。お洒落心に充ちた趣味のよい小物が、店頭をにぎやかに飾っている。
 あるインタビューで、八代目菊池健容社長はこう語っている。「その時代、その時代で、ビビッドになれと七代目の父によく言われた。その時代に合ったことを続けていくことが大切で、その結果として長く続いているのが老舗」。
 菊池社長自身、2007年に創業170年の記念行事として、銀座ボーグ、銀座大黒屋など銀座の老舗6社の若旦那衆の協力を得て、コラボレーション・プロジェクト「MADE IN GINZA PROJECT」を立ち上げた。
 くのやと他の老舗がダブルネームで、オリジナル商品を企画創作するプロジェクトで、大好評を博した。そのキーワードは「温故知新」。
 「伝統」と「革新」。この二つは対立する概念ではなく、共存させてこそ大きな意味を持つ。歴史のある企業だからこそ、新しいことに果敢に挑戦する。もちろんうまくいくことばかりではないが、「革新」に挑むからこそ「伝統」は活きてくるのだ。

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「商品は我が子なり」という銀座くのや主人筆の額

 銀座くのやの従業員数は35名。六代目、七代目、八代目と三代に渡って勤め続けてくれている人も数多くいるという。伝統と歴史を継承してくれる従業員。そして、新たなものに果敢に挑む経営者。そうしたコラボレーションから「新しい伝統」が生まれてくる。
 銀座くのやの原点である「糸」の最もシンプルな応用品である「ひも」は、くのやにとってとても大切な商品である。同社のホームページの「歳時記」というコラムに紹介されている『ひもの効用』という文章は大変奥深い。
 「着物姿は実は各々の組織をまことに整然とした手順で一つ一つまとめられ作り上げられたもので、その組織のまとめ役がすべて一本の"紐"なのである。(中略)着物を着上げる迄に八回もの結びが行われているということで、紐の役割の重要さが偲ばれる」。
 これはそのまま経営にも当てはまる。「和の心」は実に奥が深い。
 男性諸君や若い人たちにとっては、くのやのような和装店はなかなか馴染みがないかもしれない。しかし、店頭で是非、丹念に作られた組紐の美しさをその目で見てもらいたい。
 ひとり一人の「遊び心」が「伝統」を守り、「革新」を生み出す。「来年(2011年)こそは着物に挑戦しよう!」と心に決め、くのやを後にした。

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帳場に飾られた大福帳

訪問先

銀座くのや

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