第20話 株式会社豊田自動織機 刈谷工場 

 豊田自動織機は日本のものづくりの祖である豊田佐吉翁によって、1926年(大正15年)に設立された。トヨタ自動車は豊田自動織機の自動車部が分離独立したものであり、同社はトヨタグループの「源流」企業と呼ばれている。
 今回訪問した刈谷工場は会社創立の翌年、1927年に操業を開始した「マザーファクトリー」である。現在は繊維機械、カーエアコン用コンプレッサーを生産している。今回、特別の御配慮によって、きわめて守秘性の高いコンプレッサーの生産ラインを見学するチャンスに恵まれた。
 豊田自動織機の事業ドメインのほとんどはB2Bであり、一般の消費者には馴染みが薄い。一見地味な会社だが、卓越した技術と現場力を有する日本が誇るエクセレントカンパニーであり、同社を牽引する豊田鐵郎社長は私が尊敬する社長のひとりである。
 全社の売上高は約1兆3800億円(2009年度)。事業の柱は4つに大別することができる。
ひとつ目は自動車関連事業。ヴィッツなどのコンパクトからミディアムクラスまでのトヨタ車の生産を担っている。また、エンジン、カーエアコン用コンプレッサー、カーエレクトロニクス製品を生産する日本屈指の自動車部品メーカーである。2009年度の売上高構成比は56.5%を占める。
 二つ目の柱は、フォークリフトを中心とする産業車両事業である。自動倉庫や無人搬送機などもここに属する。売上高構成比は31.3%である。
 三つ目の柱は、物流事業である。物流センターの企画・設計・運営を柱に物流関連サービスを提供している。売上高構成比は7.9%である。
 そして、四つ目の柱が豊田佐吉翁の遺伝子を最も色濃く引き継ぐ繊維機械事業である。売上高構成比は1.5%にすぎないが、世界最高水準の技術で高い評価を得ている。
 今回見学したカーエアコン用コンプレッサーはトヨタ自動車のみならず、世界中の主要自動車メーカーに採用され、2009年度の販売台数は1671万台。販売台数シェアは世界一である。
 販売台数のみならず、世界初の技術も数多く生み出している。小型化、軽量化、清粛性、省燃費を追求し、斜板式コンプレッサーでは世界最高水準の技術を誇っている。また、ハイブリッド車用電動コンプレッサーは世界初の量産化を実現している。世界一の自動車メーカーとなったトヨタ自動車が実は、豊田自動織機やデンソーといった世界に冠たる"系列"部品メーカーに支えられているというのもひとつの事実である。
 コンプレッサーの生産開始は1960年。1981年度の販売台数はわずか180万台。リーマンショック前の2007年度の販売台数は2100万台。わずか四半世紀で、10倍以上に伸張している。生産体制もグローバル化を進め、今では日本、北米、欧州、中国の4極に計10ヶ所の生産拠点を有している。
20 豊田自動織機3-2.jpg7気筒斜板式コンプレッサー

 北米の販売台数は550万台。その内、トヨタ自動車への納入比率は34%である。さらに、欧州では600万台の販売台数の内、トヨタ比率はわずか10%にすぎない。一見"脱トヨタ"を進めているように見えるが、量産効果を確保することによって、トヨタ自動車が得るメリットも大きい。
 今回、建屋の2階にあるカーエアコン用コンプレッサーの#3組立ラインを見学した。7気筒、4種類のコンプレッサーを生産する混流ラインである。
 この生産ラインは約80m。約50の工程に分かれ、96点の部品を組み上げていく。サイクルタイム(C/T)は12.6。1ロットは20台。月産8.6万台の可変コンプレッサーを生産している。
ラインを見てまず驚いたのは、ほとんど人がいないことである。自動化を徹底的に追求している。私はこれまでにも他社のカーエアコン用コンプレッサー工場を見学したことがあるが、組み付けの生産工程にはもっと人が多く、人海戦術で対応しているというイメージを持っていた。
刈谷工場には7つのカーエアコン用コンプレッサーの生産ラインがあるが、その自動化率は83~93%。この#3ラインは最も自動化が進んでいる93%である。
 数十台のデンソー製組み立てロボットがフルに稼働し、人が介在するのは最終工程のワイヤーハーネスの組み付けのみ。人をほとんど見かけないのも当然である。

20 豊田自動織機2.jpgコンプレッサーの生産ライン
 
 10年ほど前には、60~70%の自動化率だったというから、戦略的に自動化を推進してきたのだ。中国などの安価な労働力を背景にした「世界の工場」と戦うには、知恵と技術を結集させて、省力化、省人化を推し進めるしかない。生産技術こそ、日本にものづくりを残すための最後の砦である。
  技術力というと、とかく新製品開発にばかり目が行くが、それと同様に大切なのが生産技術である。ものづくりのノウハウは生産工程にこそある。生産ラインこそノウハウの塊であり、大きな差別化の源泉である。
 実際、この#3ラインにも豊田自動織機が誇る世界トップクラスの生産技術の現場力がフルに活かされている。ロボットによるミクロン単位の精度を実現した精密組み立て、自動段取り替え、台数変動に柔軟に対応するための手作業工程の集約化など、知恵と技術がこのラインに結晶化している。
 進化はこれで止まらない。景気の波による量変動により機敏に対応するため、長さを半減(40m)させ、「コの字」のデザインをベースとした新たな生産ラインの開発に着手している。そして、それは「日本にものづくりを残す!」という経営の意志の表れでもある。
豊田自動織機では、豊田鐡郎社長の肝入りで、新入社員の基礎技術教育に力を入れている。佐吉翁が発明・開発したG型自動織機の模型を使い、ものづくりの精神とは何かを身を持って体験させ、学習させている。
20 豊田自動織機1.jpgG型自動織機

 シャトルを自動的に交換させ、よこ糸を自動補給する装置、たて糸がたった1本でも切れた時に機械が自動的に停止する装置など、G型自動織機には佐吉翁の知恵とノウハウ、そしてものづくりのスピリットが詰まっている。佐吉翁がG型自動織機を完成させたのは1924年。着想を始めて実に23年の年月が経っていた。
 時が過ぎ、時代は大きく変わったが、佐吉翁のスピリットはカーエアコン用コンプレッサーの生産ラインにも脈々と生きている。「原点」を風化させず、受け継ぐ企業はどんな時代にあっても、実に逞しい。

 
 




訪問先

株式会社豊田自動織機

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