コープさっぽろは1996年に経営危機に陥り、日本生協連合会からの217億円にも上る資金投入、経営トップの派遣を受け、リストラを断行。「残るも地獄・去るも地獄」と言うほどの厳しい経営改革を行い、今では日本を代表する先進的な小売業へと変貌を遂げたことは、第4話でもご紹介した。
今回、大見理事長から経営危機からいかに再生を果たしたのか、より具体的で、生々しいお話を伺うことができた。経営危機に陥った最大の理由は、実質25年にも及んだワンマン体制を背景とする事業多角化の失敗、銀行借入金の増大であった。
事業構造の抜本的な見直しは待ったなしの状況だった。戦略なき多角化によって広がった家庭用品、家電・家具・スポーツ・衣料品などの不採算部門からは撤退し、旅行・ホーム・文化事業・ホテルなどの不採算事業は切り離しを行った。
多角化に熱を入れる一方で、スーパーマーケット(SM)事業はじり貧の様相を呈していた。大見理事長は「基幹事業(SM)で負けた」と振り返る。そして、食品中心の「おいしいお店」に原点回帰すると共に、不採算店舗の廃止も断行せざるをえなかった。
1997年度には112にまで増えた店舗数を、2003年度までに63店舗閉店、49店舗体制にまで縮小させた。「身の丈」を半分以下に削らざるをえなかった。残った店舗には食品SMとしての標準化を導入し、チェーンオペレーションの基本を徹底させた。
事業の縮小に伴い、人にも手をつけざるをえなかった。正規社員450人、パート1000人の希望退職を実施、1年で達成した。残った社員も役員30%、正規社員15?20%、パート6%の給与カットを実施した。
大見理事長はこう邂逅する。「多くの職員は悪いのはトップ、私は悪くないと思っていた。しかし、職員の意識や働き方が変わらないと再生はありえない」。危機意識、痛みを組織全体で共有しなければ、瀬戸際の状況から脱することは困難であった。
「『ぶら下がり社員』がいたのでは、また同じ状況に陥る」。大見理事長は人事評価制度にメスを入れ、能力主義、成果主義の考え方を導入した。その内容は、ぬるま湯に浸かっている多くの日本企業から見ると、とても厳しいものに映るかもしれない。
目標管理による達成度評価で減給や降格するのは当たり前。各部の不適格者は、「つまはじき職場」と呼ばれる生協への加入促進を行う専任部隊へと放り込まれ(2軍落ち制度)、そこから自分自身で這い上がってこなければ、永久に浮かんでこれない。
コープさっぽろの人事考課の原則は、「A15%、B70%、C15%」である。Aは「ランクアップ」、Cは「降格」である。15%もの人が降格対象となる。もちろん、降格だからといってすぐに首になるわけではない。自分自身を見直す期間が与えられ、上司は降格した人への動機付けをしっかりと行わなければならない仕組みになっている。
それでも「横並び」に慣れてしまった日本企業にとって、「降格」は心理的な壁が大きい。「何もそこまで・・・」と思う人も多いだろう。
しかし、「地獄」を見たコープさっぽろは、「働かない」「努力しない」職員が「人罪」であることを、身を持って体験している。自分たちの城を守るためには、自分たちで厳しく律しなければならないことを誰よりも理解している。
バブル期には2500人いた正規職員は、現在は1400人を切るところまで削減している。その間、売上高は1.7倍に拡大。1人当たりの生産性は2倍に上昇している。
一方、成果を上げた人、努力した人に報いる仕組みも充実させている。特に、店舗運営の柱であるパート社員への教育や制度を充実させ、既に7名のパート出身の店長も誕生している。ボトムアップ型の活動にも熱心で、パート社員を対象とした改善事例発表会「北の感動物語」は3ヶ月に1回開催し、現場の知恵を活かす工夫にも力を入れている。
今の日本企業に「ぶら下がり社員」を抱えるだけの余裕などない。コープさっぽろは宅配事業の成功やエコへの取り組みなどの先駆的事例として取り上げられることが多いが、実は多くの日本企業が最も学ばなければならないのは、人に対する考え方、そしてそれを支える仕組みの在り方である。
本部を後にして向かったのは、札幌市西区にあるにしの店である。2002年11月オープン。敷地面積570坪。200台の駐車スペースを備えている。
オープン当初は「年商20億いければ・・・」と目論んでいたのが、今では年商36億円の繁盛店である。この店の最大の特徴は、値頃感のあるものから高級品まで揃えるその「品揃え」にある。
たとえば、ブドウでもお手頃な308円の巨峰の隣に、1房1580円のシャインマスカットが並べられている。野菜売り場でも、2個498円の「五十嵐さんちのフルーツトマト」が、普通のトマトと並んで置かれている。
ブドウコーナー 高級フルーツトマト
西区は比較的高所得者層が多く住むエリアである。札幌市長の自宅も近くにあるという。当然、競争も激しい。2km圏内に西友、ラッキー、マンボウなど5店舗がしのぎを削っている。
そうしたエリアのニーズに応え、競争に打ち勝つために、にしの店では「少し高くても、よいもの」を揃えることを差別化の重要なポイントとして打ち出している。「コープに行けば、いいものが手に入る」は既にエリアでは定着している。小山店長は「この辺りで飛騨牛を常時扱っているのはうちだけですよ」と胸を張る。
コープさっぽろは店舗の「標準化」を進める一方で、品揃えなどについてはそれぞれの地域に合った「個店主義」も大切にしている。それぞれの店舗が、自分たちで「店づくり」を考え、「売り場づくり」を行う。求心力と遠心力のバランスが、コープさっぽろの強みでもある。
にしの店でもパート社員の戦力化に熱心に取り組んでいる。職員は26人。それに対して、約140人ものパート社員、アルバイトがこの店で働き、大きな戦力となっている。
バックヤードに行くと、いくつかの手作りのボードが貼られている。ひとつは「応待点数表」。パート社員ひとり一人の写真が貼られ、「声」(2台先まで)、「笑顔」(お迎えとお見送り)という項目毎に○、△、×が評価され、点数化されている。
応対点数ボード ひとり一人の点数が「見える化」
それをまとめたもうひとつのボードには、「全員で100点ゴール目指してスタートダッシュ!!」というスローガンと共に、各人の写真が店数別に貼られている。既に120点、110点をとっている人もいれば、まだ70点以下の人もいる。「見える化」で、パート社員のモチベーションを上手に煽っている。
さらには、「本日のスマイル大賞」というボードも設置され、毎日笑顔の素晴らしい人にはマークが付く。そして、それをもとに毎月3人が表彰される。こうした現場力強化の仕組みは、小山店長と職員たちが工夫して、手作りで行っている。
小山店長は職員やパート社員に、「温度に敏感になれ!」と「温度MD(マーチャンダイジング)」を熱心に指導する。天気や温度を常に意識して、品揃えや販促を工夫する。少し寒くなれば「おでん」を目玉にし、「主婦目線」で日々の変化に合った提案をする。「『買う側』と『売る側』のギャップを埋めるには、現場で毎日考えて、工夫するしかない。でも、それはとても楽しいこと」と小山店長は教えてくれた。
最後に、小山店長に「降格制度はどうですか?」と質問すると、こういう答えが返ってきた。「降格というのは、ひとり一人が結果に対して責任を持つ仕組み。数字に対する責任を持つことは当然だし、それが励みにもなる」。
「やっても、やらなくても評価は同じ」では、現場力が伸びるはずもない。どの程度の厳しさを打ち出すかは企業によって差があるだろうが、厳しさを伴う適切な評価システムは、現場力の強化には不可欠な要素である。現場の知恵やアイデアを最大限に引き出すために、評価の仕組みはどうあるべきかを考えさせられる訪問となった。