第25話 天竜精機株式会社(再訪)

 長野県駒ヶ根市にある天竜精機をほぼ1年ぶりに訪問した。(前回の訪問の模様は、「現場千本ノック」第8話参照 http://gemba-sembonknock.com/2010/08/23/1112.html)。一品一様の自動組立機、加工専用機をメインに事業展開する、伊奈谷の「体質」を誇るモノづくり企業である。
 設計、加工部門を自社で持ち、顧客である大手部品メーカー、精密機器メーカーなどの「いやらしい」注文にも応える一貫生産、短納期が強みである。オーダーメイドの組み立てラインや専用機の納期は、現在2ヶ月程度。さらなるスピードアップが求められており、1ヶ月に短縮する目標を掲げている。
 現在は多くの受注残を抱え、忙しい状況が続いている。日本企業の海外工場向けの仕事が増えているという。
 しかし、顧客のコストダウン要求も厳しく、収益的にはけっして楽ではない。また、台湾や中国の競合メーカーも着実に力をつけている。顧客の難しい要求にも、迅速に対応できるカスタマイズ力にさらに磨きをかけることが、厳しさを増す競争環境の中で勝ち残るための絶対条件である。
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      組立てライン                      部材加工部門

 それを実現するために、芦部喜一社長が進めているのが、風土改革である。2005年に社長に就任されて以来、その一点に最大のエネルギーをつぎ込んできた。そして、様々な施策は、社員たちの意識と行動を徐々に変えてきた。
 社員ひとり一人の能力を最大限に活用すると共に、そうした動きが連動し、チームの力、組織の力として機能するためには、会社の雰囲気、風土を良質なものにしなければならない。「土壌」がよくなければ、どんなに良い「種」を蒔いても、「花」も咲かなければ、「実」もならない。
 その取り組みについては、芦部社長の人気ブログ「いい会社ってどんなだろう」で詳しく述べられている。(http://plaza.rakuten.co.jp/sennjyou3033/
 このブログのタイトルそのものが、芦部社長の問題意識をそのまま表している。「いい会社」とは何か?米国流の資本の論理で語れば、「利益の最大化」「株主価値の最大化」と短絡的な定義は可能だ。しかし、「そんなものだけでは会社の価値は測れない」ということを、多くの日本人は気付いている。きわめて「まっとう」である。
 だとすれば「いい会社」とは何なのか?共通解はないのかもしれない。会社が100あれば、それぞれの会社が独自の「いい会社」を追求する。経営とは、所詮、経営者の「主観」で営まれる。経営者の思想・信条によって、「いい会社」の定義は大きく異なる。
 しかし、敢えてそこに「いい会社」の共通要素を見出すとすれば、曖昧な言葉ではあるが、「風土のよい会社」が挙げられるだろう。ゴーイング・コンサーンである企業が、「持続的な存在」(sustainability)であり続けるためには、言葉ではうまく言い表せないが、「風土のよさ」は間違いなく必要条件である。
 今回訪問した際、芦部社長はこう教えてくれた。「うちの現場は以前から自律していた。自分で考え、自分で判断し、自分で行動する。そうした自発性は間違いなくうちの良いところだ。しかし、自律的の一方で、排他的でもあった。他の人の意見は聞かない。お互いに首を突っ込まないし、無関心でもあった。それでは、本当の競争力にはつながらない」。
 芦部社長はさらに分かりやすく、こう教えてくれた。「100人程度のコンパクトな会社なのに、隣に座っている仲間からメールが来るような会社だった」。ひとり一人はそれなりに一生懸命やっているが、人間対人間のやりとり、コミュニケーションが疎かになり、「組織密度」が薄くなる。個としては頑張っていても、「共同体」として機能せず、より大きな力が発揮されない。芦部社長はそこに天竜精機の弱点を見たのである。
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           各部署のスローガン

 風土改革の大きな柱として現在進めているのが、管理職層の意識改革、行動改革である。従来の悪しき風土の根っこにあるのは、部課長たちのマインド、行動様式にあると芦部社長は見抜いたのだ。
 管理職というタイトルに胡坐をかき、机にしがみつき、現場に行こうとしない。社員たちと腹を割った本音のコミュニケーションをとろうとしない。管理職が率先して他の部門との連携を図ろうとしない。「排他的」という組織の「悪いくせ」を撒き散らしているのは、管理職に問題があると考えたのである。
 「管理職層が変わらなければ、この会社の風土は変わらない」。そう判断した芦部社長は、全社の部課長7名に「自分たちがどう変わるべきか?」を考え、実践するように仕向けた。
7名の管理職たちは、会社を離れたオフサイトのミーティングを繰り返し、何をどう変えるべきかを議論した。本音で言えば、「犯人扱い」に納得しない人も当初はいたかもしれない。しかし、芦部社長の本気さ、しつこさを理解した管理職たちは、やがて「自分たちを変える」ことに歩を進め始めた。
 その象徴的なものが、管理職という名称、肩書きの「放棄」である。オフサイトでの議論を繰り返し、自分たちの役割・ミッションを改めて考え直した7名は、自分たちの真の役割は「管理」ではなく、「支援」にあると再定義を行った。部下のスタッフの仕事がうまくいくように「支援」する。部下が成長するように「支援」する。会社の雰囲気がよくなるように「支援」する。「支援」こそが自分たちの存在価値であると打ち出したのである。
 そして、今年(2011年)7月に正式に「支援職」という新たな役職を導入した。私が知るかぎり、日本で初めての革新的な試みである。(名刺の肩書きも「支援職」)
 それぞれの支援職は主に担当する部門は決められているが、それは他の部門には首を突っ込まないということではない。常に、全社的な視点から、どうやったら現場の社員の「気分」が高まり、会社の雰囲気・環境がよくなるかを考え、実践することが、この「7人の侍」の新たなミッションである。
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    5Sが徹底されている職場                宮下取締役の名刺

 支援職は毎朝、全員で集まり、朝礼を行う。これも自分たちで決めたことである。彼らはそれを「本気の朝礼」と呼んでいる。
現場にも頻繁に赴いて、社員たちと「真面目な雑談」を繰り返す。こうした地道な努力は現場にも伝わり、会社の雰囲気はじわっとよくなってきていると言う。
 管理職から支援職への「変身」による風土改革は、まだ緒に就いたばかりである。風土がよいとは、けっして「馴れ合い」になるということではない。強い共同体意識を共有しながら、お互いが切磋琢磨するということである。よい風土は時間をかけなければ創りえない。
 近々、支援職が主体となって行う「公開研修会」を実施するという。どのような内容になるのか、社内外からどのような反応があるのか、支援職の不安と期待は尽きない。しばらくは、手探りでの試行錯誤が続く。
 芦部社長はブログの中でこう語る。「自分たちが輝かなかったら、部下だって輝かない」。風土改革とは「組織で働くひとり一人が輝く存在になる」ことである。
 支援職自身が「輝く支援職」になることが、天竜精機の「体質」をさらにレベルアップさせる大きな一歩となる。天竜精機からはしばらく目が離せない。







訪問先

天竜精機株式会社

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