第23話 JR東日本 大宮総合車両センター

 日本の鉄道技術が、新幹線を筆頭に世界のトップクラスであることはよく知られている。中国・温州市で起きた高速鉄道列車事故の後、台湾高速鉄道(台湾新幹線)の技術担当者が「うちは日本製ですから、あのような事故はありえない」と発言するほど、その安全性は世界でも神格化されている。
 確かに、日本の鉄道技術、運行システムは世界の最高水準にある。しかし、最先端の技術を開発・導入したらからといって、鉄道の安全が自動的に担保されるわけではない。都市内、都市間輸送の要として、世界でも例がないほどの高い輸送密度に達している日本の鉄道においては、日常における安全の確保がなにより大切である。
 山手線や中央快速などの路線は、10両編成で3千人~4千人の乗客が輸送され、ラッシュ時の1時間は複線で片道10万人前後が利用する。東海道新幹線の東京~新大阪間は朝夕には毎時10本もの列車が走っている。まるで通勤列車並の頻度である。
 こうした高い輸送密度が日常化している中で、日本人にとって「当たり前」の鉄道の安全を確保するには、車両のメンテナンスがきわめて重要である。今回、鉄道における「安全の番人」を担っている現場のひとつ、JR東日本の大宮総合車両センターを訪問してきた。

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        案内板                      車両センター社屋

 大宮は古くから「鉄道の町」として知られている。東北本線と高崎線・上越線方面の分岐点に位置し、東武鉄道や埼玉新都市交通を合わせると、14もの路線が乗り入れている。人気の「鉄道博物館」もここにある。
 JR大宮駅の北側一帯が旧国鉄大宮工場、現在のJR東日本大宮総合車両センターである。敷地面積は約15万平方メートル。東京ドーム約3個分の広さである。
 その歴史は古く、発足は明治27年。日本鉄道会社の大宮工場としてスタートし、116年に及ぶ歴史を有している。現在の社員数は約430名。そこに約250名のグループ会社、パートナー会社の社員が協力し、総勢約700名で運営されている。
 この車両センターが担当するのは、205系、211系などと呼ばれる「通勤・近郊型」の車両である。東海道線や埼京線などで走っているタイプの車両である。他にも「踊り子号」や房総線を走る「わかしお」や「さざなみ」、成田エクスプレス、さらには人気の「北斗星」や「カシオペア」もここでメンテナンスを行っている。

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          車両センターの内部

 一言で言えば、「めんどくさい車両」がこの車両センターの担当である。種類も多く、年数も結構経過している車両、約2500台がここで保守・点検・修理を受け、元気に首都圏近郊を走っている。
 JR東日本の規定では、鉄道車両は60万キロ走行もしくは48ヶ月毎に定期検査を受ける。すべての車両は3~4年ごとに大掛かりな検査を受けることになる。その検査はいわゆる「オーバーホール」。車両をばらし、個別の部品などを検査、修善し、組み立て直し、試運転を行うという大規模なものだ。
 驚くべきは、その整備品質の高さ。1年間に800から900もの車両を検査するが、保守・劣化に起因する故障発生件数は、年間約30件程度。百万キロ当りの故障件数は、列車のタイプによって多少異なるが、埼京線などで走っている205系の2010年度の実績は0.27件。370万キロ走って1件発生するというレベル、別の言い方をすると、「約25年走って、故障が1件発生する」という驚異的な品質水準である。
 車両をばらして、再組み立てするという大掛かりの保守・整備を行っていながら、これだけ何も起きない、起こさないというのは、まさに現場力の証明である。

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                  現場での改善の取り組み

 こうした現場力はどのように培われているのか?メンテナンスとは「車両との対話」である。手を動かし、手を汚し、車両に耳を傾ける。そのことによって頭脳が働き始める。身体だけが動くのではなく、頭が働き、感性が研ぎ澄まされ、思考回路が回り始める。それこそが、メンテナンスの現場力である。
 そして、その根っこには、全員参加による地道な改善活動がある。この車両センターでは以前より改善活動が行われているが、平成19年度以降よりその活動はさらに活発化し、21年度の提案件数は約1万3千件。社員1人当りにすると年間30件もの改善が実施されている。その参加率もほぼ100%である。

23大宮総合車両センター (2).jpg「My project」の実施報告書

 さらに、今年1月からは小集団でじっくり取り組む「My Project」もスタートし、チームでじっくり検討し、小さな気づきを大きな改善につなげる活動も広がりつつある。今回の現場訪問では、いくつかの取り組み事例の説明を受けたが、現場ならではの視点で問題が発見され、自らの知恵で治具などを考案、大きな効果に結びつけていた。
 たとえば、特急車両の防振ゴムを交換する際に、重量60キロを超える軸梁を2人がかりで持ち上げていたが、専用治具を作り、生産性、安全性の両面で効果を上げていた。また、配管清掃で排出されるゴミや水分を抑えるために、100円ショップで購入した掃除機ゴミパックを活用して、衛生環境の改善や作業効率の向上につなげていた。
 作業が容易になり、作業環境が良好になれば、作業ミスや抜け漏れがなくなり、鉄道の安全性向上につながる。ひとつずつは小さなことのようだが、こうした改善の積み重ねによってこそ、鉄道の安全は担保される。また、改善は現場の思考回路を鍛え、知恵やアイデアを生み出す「ナレッジワーカー」の育成につながる。言われたことだけをこなしていても、真の安全は担保できない。保守・点検というプロセスにおいて、安全を「つくり込む」ことによって、日本の鉄道の安全は守られているのだ。
 「安全の番人」を育成する取り組みは、改善活動だけではない。この車両センターでは、プロセス管理を導入し、「的確な対策の立案と確実な実行」に力を注いでいる。これまではともすると故障の発生件数が「減った・減らない」の結果指標のみを追う傾向が強かったが、それだけでは所詮「後追い」にすぎない。現場がやるべきことは、発生した事象を2度と起こさない、あるいは事前に対処するという使命感の下、そのプロセスをきちんと管理することだという認識は、的確なメンテナンスの実行によって安全を担う現場にとってとても重要なものである。これによって、「攻めの安全」が生まれてくる。
 メンテナンスの現場では、高度な技術・技能が欠かせない。この車両センターでも、技能教育・伝承に力を入れている。その結果、高度熟練技能者の認定者22名を輩出し、「彩の国の匠」として優秀技能者として16名、青年マイスター7名が表彰を受けている。
 その技能を実践で磨く場として、一般車両の定期検査だけでなく、車両の新造・改造も行っている。寝台客車「カシオペア」やお座敷電車「せせらぎ」、253系の東武線相互乗り入れ車両の改造などはここ大宮で行われている。
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              全国各地のイベントで人気の新幹線のミニ模型

 さらには、SLの復元も行われている。私が訪問した時も、C11の定期検査が進められていた。こうした新造・改造やSLの復元は、現場における技術や技能を高め、伝承するだけでなく、現場の誇りを大きく喚起する。地道な改善の取り組み、そしてこうしたワクワクするプロジェクトの存在が、現場に火を点け、現場力の向上につながっていく。

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                      SLの復元作業
 
 大宮総合車両センターの最大の課題は、世代を超えた技能継承である。現在の平均年齢は47歳。今後10年間で200名以上が退職することになる。その後を担う30歳代半ばから40歳代半ばが極端に少ない人員構成であり、その層が今後管理職、中堅層として現場を支えていくことになる。新造・改造の取り組み、さらにはSLの復元も、こうした世代を超えた技能継承を加速させる取り組みである。
 継承させるのは、技能だけではない。他の車両センターが「サラリーマン」と呼ばれる中で、大宮総合車両センターは泥臭い「百姓」であると呼ばれ、自らも任じてきた。そこには、保守という地味な現場で、誇りを持って「安全の番人」を担ってきた「大宮魂」というスピリットが、渋い輝きを放っている。そのスピリットこそが、継承の対象である。









訪問先

JR東日本 大宮総合車両センター

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