第31話 ヤマト運輸 神奈川物流ターミナル

 第30話ではヤマト運輸の宅急便の顧客接点である「センター」の現場力についてレポートした。全国各地に約6000ある「センター」とつながり、ハブ・アンド・スポークのハブの役割を担っているのが、「ターミナル」である。
 今回は横浜市鶴見区にある神奈川物流ターミナルを訪ねてきた。ヤマト運輸は全国に71箇所の物流ターミナルも持つが、ここは2007年4月にオープンした、陸・海・空すべてを網羅する最先端複合ターミナルである。1日のべ約千人が勤務する、巨大な「眠らない拠点」である。
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ターミナル全景

 18700坪の敷地に、宅急便の全国配送拠点となる「ターミナル棟」と、横浜港などの港湾貨物の入出庫作業、ロジスティクス業務を担う「物流棟」が併設されている。ヤマト運輸と言えば宅急便というイメージが一般的には強いが、ここに来るとヤマト運輸が国内宅急便のみならず、グローバル物流企業を着々と目指していることが分かる。鶴見は横浜、羽田へのアクセスもよく、ターミナルとしては最適な立地である。

31 ヤマト神奈川物流ターミナル2.jpgのサムネール画像31 ヤマト神奈川物流ターミナル3.jpgのサムネール画像                  オートピックファクトリー

 5階建ての物流棟では、最新鋭の設備が導入され、様々な物流関連業務が行われている。3階の自動倉庫を完備した「オートピックファクトリー」では、ピッキング、検品、梱包、発送業務が365日、24時間対応で行われている。通販会社などの発送業務を1日に約5千件さばいている。  
 個人用宅急便では、ヤマト運輸は絶対的な強みを持つが、業務用であるB2Bの領域では、ライバルである佐川急便が強い。そこでの巻き返しを計るためには、こうした設備への投資は欠かせない。

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メール便専用の仕分けライン

 2階にはクール宅急便専用の仕分けスペースが設けられている。ここが実に広い。「コールドボックス」というクール専用のボックスが所狭しと置かれている。ヤマト運輸の"発明"であるクール宅急便の年間取扱い個数は、1億7千万個(2010年度)。宅急便全体の12%以上を占め、この10年で70%の伸びを示している。

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クール宅急便専用スペース
 
 1階には、メール便専用仕分けラインが設置されている。自動仕分け機によって、1時間に55000冊の仕分けが可能だ。

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積み込みを待つボックス

 そして、1階のメインスペースには、行き先別に仕分けされた多数の「ボックス」がトラックへの積み込みを待っている。「ボックス」は宅急便オペレーションにとってとても重要なツールであり、1本の「ボックス」にどれだけの荷物を積み込めるかは、現場の腕の見せ所だと言う。そして、「ボックス」そのものも現場が使いやすいように、進化を遂げている。


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荷物が隙間無く積み込まれている        折りたたまれたボックス

 物流業は労働集約型産業であると同時に、巨額の投資を伴う設備型、装置型産業でもある。きめ細かさ、現場の知恵というヤマト運輸独自の遠心力の強みを活かすためにも、求心力としての「ハブ」に今まで以上の投資が不可欠である。
 現在、ヤマトホールディングスは国際線の拡張が進んでいる羽田に、1400億円を投じて、神奈川物流ターミナルを超える規模のターミナルの新設(羽田クロノゲート)を計画している。 その敷地面積は、神奈川物流ターミナルを超える約3万坪。アジアと日本をひとつの経済圏として捉えた「結節点」の役割を担うと期待されている。
 その背景には、国内宅急便市場の飽和がある。2010年度の宅急便取扱い個数は、13億4千万個。12億6千万個だった2009年度と比べると伸びてはいるものの、徐々に頭打ちの傾向にある。シェアも40%を超えた。
 さらに深刻なのは、宅急便の単価の下落である。宅急便の単価は徐々に低下傾向にあり、2001年には732円だったのが、この10年で609円にまで下がっている。国内の宅急便ビジネスだけに依存していたのでは、持続的な成長を実現するのは困難である。
 ヤマトは創業100周年(2019年)時に目指すべき姿として、「アジアNo.1の流通・生活支援ソリューションプロバイダー」を打ち出している。「DAN-TOTSU経営計画2019」では、100周年に事業数を100に拡大すると共に、国内宅急便シェア50%超、ノンデリバリー営業利益構成比50%超、海外売上比率20%超など、「大いなる野望」を掲げている。
 そして、その途上にある2013年度には、連結営業収益1兆4400億円(2010年度は1兆2280億円)、連結営業利益880億円(同640億円)、宅急便取扱い個数16億8千万個(同13億4千万個)を目指している。16億8千万個の内、1億2千万個は海外である。ヤマトの「戦う土俵」は、明らかに「日本とつながったアジア」である。
 これを実現させるためには、大型集中投資は避けて通れない。「羽田クロノゲート」はその最優先投資である。
 しかし、ヤマトの野望がどんなに膨らもうと、ヤマトのコアコンピタンスが「ラストワンマイルネットワーク」であることはこれからも変わらない。良質な「ラストワンマイル」をカバーすることができるのが、ヤマトの差別化のポイントであり、そのためには現場力こそがこれからも最大の優位性の源泉である。
 海外での「ラストワンマイルネットワーク」の構築は、けっして容易なタスクではない。海外においても、日本と同じサービス内容、同じ仕組みの移植にこだわる。当然、言語、文化、風習の壁は高い。
 しかし、宅急便という革新的で独自のビジネスモデルの構築を国内で成功させてきたヤマトには、顧客と現場を起点に地道にビジネスモデルを築いていく独自の粘着性がある。
経営としての大いなる野望と卓越した現場力の維持・強化・移植・展開。日本のサービス業の海外での大きな可能性を、ヤマトが証明してくれるはずだ。
 神奈川物流ターミナルの玄関には、1981年にトヨタと共に開発した宅急便専用車両ウォークスルー車の第1号が展示されている。現場の知恵が結集したこの車両にこそ、ヤマトのスピリットが凝縮されている。ヤマトはいつの時代にあっても、「現場の会社」である。
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ウォークスルー車 1号車





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ヤマト運輸 神奈川物流ターミナル

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