中興の祖である小倉昌男氏が、それまで採算が合わないというのが常識だった小口荷物に着目し、「宅急便」をスタートさせたのは1976年。初日の取り扱い個数は、わずか11個。それが現在では13億4千万個(2010年度)にまで拡大した。
その「宅急便」ビジネスを支えているのが、自律性、自発性に富み、創意工夫に長けた現場である。ヤマト運輸は日本全国に69の主管支店、そしてその傘下に約6000もの「センター」が存在する。網の目のように張り巡らされた「センター」こそヤマト運輸の最前線の現場であり、「宅急便」の生命線である。
今回はそのひとつである横浜市都筑区にある都筑仲町台センターを訪問してきた。このセンターは港北ニュータウンを抱え、今でも人口流入が続くエリアである。
担当世帯数は5021世帯。これを8人のセールスドライバー(SD)、5台の車でカバーする。1日の平均配荷個数は800個。ほぼ同数の集荷も行っている。5台稼働とすれば、1台当り配荷・集荷併せて320個扱っていることになる。
事務所に入って、まず目に飛び込んできたのは、色分けされた「集配マップ」。集配効率がよくなるように「担当コース」が設定され、車を停める位置(「バス停」)が決められている。もちろんこのマップもセンター員全員で作り、随時見直しが行われている。
しかし、荷物が増え続けているこのセンターでは、「担当コース」に沿って日々の担当業務を淡々とこなすだけではすまない。最大の課題は、「持ち戻り荷物」である。午前中に配達すべき荷物が、受け取り人不在などのため「持ち戻り」となってしまい、結果として午後以降の再配達を余儀なくされてしまう。余分な手間が掛かるだけでなく、本来集荷に充てるべき午後の時間が奪われてしまい、集荷を増やし、収益貢献することができない。
そこで、このセンターでは独自の「集配改革」に実験的に取り組んでいる。それはパート社員を活用した「チーム集配」と呼ばれている。
「持ち戻り」を減らすためには、在宅確率が高い午前10時までに配達できるかどうかが鍵となる。しかし、SD1人がどんなに頑張ったところで、身体はひとつしかなく、限界がある。そこで主婦を主としたパート社員をSDのパートナーとして付け、チームを組むことによって、午前10時までの配荷率を高めようとする試みである。
パート社員のコストという問題を除けば、理屈的には正しい。しかし、実際にこれを運用しようとすれば、現場では様々な壁に直面する。例えば、配達エリアを熟知していないパート社員が期待通りの効率で配荷できるのかどうか。さらには、パート社員も業務上不可欠であるハンディ端末を使いこなすように指導しなければならない。
こうした障壁を、仲町台センターは自分たちの知恵と努力で乗り越えようとしている。パート社員が持ち運びできるように、色分けされたエリアマップやハンディ端末の操作マニュアルを自分たちで作成した。また、車の荷台にはパート社員が配達すべき荷物が確実に分かるように、曜日と方面を指定する大きな表示が、明確に色分けされて施されている。
宅急便の車内 パート社員に分かりやすいように表示されている
ひとつずつは小さなアイデア、改善である。しかし、それは現場業務を熟知しているSDだからこそ生み出すことのできる「実践知」である。ヤマト運輸の現場力の真骨頂はここにある。
この「集配改革」の効果は、既に出ている。これまでは毎日1?2割あった「持ち戻り」荷物が、半数以下に減っていると言う。パート社員を雇う追加コストについては、これまで社外に出していたメール便業務も担当してもらうことで、軽減しようとしている。
ヤマト運輸の現場力は、現場における日々の努力と工夫を客観的に評価する仕組みによって進化している。SD個人別に「マイUPシート」と呼ばれる個人評価シートが毎日「見える化」され、前日の業務パフォーマンスや目標との差、主管内順位が明らかになる。
項目は約15。「出勤?出庫」(出勤してから出庫するまでに要した時間)、「帰庫?退勤」(センターに戻ってから退社するまでに要した時間)、「8時台配完率」、「AM配完率」、「AM集荷率」などの実績が数値化され、レーダーチャートで示されると共に、主管内総合順位、総合判定(S、A、Bなど)が出される。自分の弱点、課題が明確になると共に、競争意識を上手に煽っている。
現場力と業績評価は不可分の関係にあるが、個人主体の評価の仕組みだけではバランスを欠いてしまう。ヤマト運輸でも評価の基軸になるのは、あくまで「センター」単位である。全国約6000のセンターのランキングが毎日出され、そのランキングを上げるために、センター員全員で努力し、助け合う。特に、主管支店内でのランキングは特に気になると言う。
したがって、センター長、サブセンター長という現場長の役割はきわめて大きい。ヤマト運輸の現場力を支えているのは、全国約6000人のセンター長にあると言っても過言ではない。彼らはセンターの管理者であるだけでなく、時にはSDと同乗して指導する役割も担う。センター長を核とした強靭な遠心力こそ、ヤマト運輸の強みである。
実績を上げたセンターは、半期ごとに主管支店内で表彰される。さらには、毎年全社表彰が行われ、現場の努力に報いる仕組みができ上がっている。社長が全社表彰されたセンターを訪問し、労うこともあるという。現場力を養うためには、「褒める文化」は欠かせない。
今回、仲町台センターで2人のSDにお話を伺うことができた。なんといっても印象的だったのは、彼らの仕事に対する真摯な姿勢である。公を守る自衛官や消防隊員かと思うほどの高い使命感と意欲を感じ、驚いた。
彼らはこう教えてくれた。「うちにもマニュアルやルールはあります。でも、マニュアル通りにやったら、確実にクレームになります」。これが「宅急便」ビジネスの本質である。だからこそ、彼らはお客さまの求めているものを常に考え、知恵を出し、工夫しようとする。そして、彼らはこうも教えてくれた。「この仕事はやりがいがあります」。
ヤマト運輸には1931年に制定された「社訓」がある。そして、それらは現場の毎朝の朝礼で今でも唱和され、日々の業務の大切な指針となっている。
一、 ヤマトは我なり
一、 運送行為は委託者の意思の延長と知るべし
一、 思想を堅実に礼節を重んずべし
立派な社訓や経営理念、行動指針を掲げている会社は多い。しかし、その多くは額縁に飾られた単なる「お題目」となってしまっている。「社訓」が現場に根付き、生きていることこそ、ヤマト運輸の最大の「競争力」である。