第22話 鉄道整備株式会社 東京サービスセンター

  「新幹線劇場」と呼ばれる素敵な現場を訪ねてきた。「TESSEI」の名で親しまれている鉄道整備株式会社の東京サービスセンターだ。この会社は東北・上越等の新幹線の車両清掃、新幹線駅構内の清掃などを担当するJR東日本のグループ会社だ。東京サービスセンターは東京駅を担当する同社の"顔"を担う事業所である。
 仕事や観光で新幹線の東京駅を利用する人は、車両清掃に携わる人たちの姿を必ず目にしているはずだ。新幹線がホームに到着する時、清掃のために新幹線に乗り込む時、そして終了後にチーム全員が車両に沿って一列に並び、丁寧にお辞儀をする。何気ない光景だが、とても気持ちのよいものだ。
22 鉄道整備 (3).jpg 整列して新幹線を迎えるチーム

 当然、その仕事ぶりも徹底している。東北・上越新幹線等の東京駅の発着本数は、普段でも1日に120本。帰省ラッシュの8月は150~160本にも達する。
 この数をこなすためには、折り返し時間をできるだけ短縮しなくてはならない。その時間わずか12分。降車に3分、乗車に2分かかるとすると、8両編成車両の清掃にさける時間はたったの7分。その間に車両の清掃、トイレ掃除、ごみ出し等を完璧に終えなくてはならない。7分は世界最速だ。
 その仕事ぶりも見せてもらった。乗客としてホームで待っていると、7分は長く感じるが、清掃する側からすると7分はあっという間だ。手順に沿って、テキパキと要領よく、チームワークを発揮して仕事をこなさないと、とても完了しない。TESSEIでは、従業員のことを「清掃というメンテナンスを行っている技術者」と呼んでいる。
 1チームの編成は22人。普通車は1人、グリーン車は3人配備するのが基本。仕事量によって臨機応変にサポートに入る人もいる。2両に1名責任者が任命されている。

22 鉄道整備 (5).jpgグリーン車は3人1組が基本

 始発の6:25から最終の23:05まで、早組と遅組の2交代制。1日270名を要員するが、チームは固定化せず、必ずシャッフルさせる。色々な人と組んで仕事をすることで、お互いに学ぶことも多い。
 7分の瞬発力と集中力が生命線だ。この7分の清掃を1日に約20回こなす。仕事そのものは単調だし、夏の暑い時などは激務だ。責任感と楽しむ心がなければ、とても続かない仕事だ。
 にもかかわらず、TESSEIの現場のモチベーションはきわめて高い。働いている人たちの目が輝いている。誇りを持って仕事に取り組んでいることが、乗客にも伝わってくる。それを「新幹線劇場」と呼ぶ。新幹線の折り返しという"舞台"で、ひとり一人がイキイキと躍動している。

22 鉄道整備 (6).jpgプラットホーム下にあるTESSEIの職場からは新幹線の車両が見える

 TESSEIの担当業務は車両清掃だけではない。新幹線ホームやコンコースの清掃、ホームにおけるお客様サポートなどもこの会社の大切な業務だ。こうした業務を担当しているのが、コメットスーパーバイザー(CSV)と呼ばれる人たちだ。現在、34名のCSVが在籍し、活躍している。
 ホームでの親切で、親身なサポート、接客。見ていて、とても気持ちがいい。「さわやか・あんしん・あったか」というTESSEIのポリシーが、現場で具現化されている。これもまさに「新幹線劇場」である。
 TESSEIは「清掃の会社」ではなく、「おもてなしの会社」を目指している。現場主導で「感動」と「思い出」を発信し続ける。清掃という「機能的価値」だけでなく、おもてなしという「情緒的価値」を生み出す。自分たちの「存在価値」を再定義し、再認識したところから、この会社の現場は大きく変わり始めた。
22 鉄道整備 (7).jpg清掃のための道具類

 TESSEIがこうした取り組みを始めたのは、それほど古いことではない。平成17年に職場の活性化に取り組み始め、手探りでここまでやってきた。中には、受け止められずに去っていく人も数多くいたと言う。
 今でも、定着率はけっしてよくない。従業員数は約820名。その内、正社員は約440名。約50%強だ。最初の1年間はパート社員として契約するが、1年で200名近く採用しても、1ヶ月で半数近く辞めてしまう。経営としては正社員比率を70%にしたいというが、そう簡単ではない。
 しかし、だからこそ残った人たちのモチベーションは、総じて高い。「おもてなしの会社」「現場が主役」という経営の意向を理解し、共感を示し、自発的に知恵やアイデアが次から次へと生まれてくる。
22 鉄道整備 (8).jpg勤務前の指差し確認

 中でも、現場のリーダーである「主任」クラスがこの会社を支えている。東京サービスセンターには約60名の主任が在籍するが、男性はわずか10名。60歳前後の経験豊かな女性が、この会社をドライブしている。
 今回の訪問でも、何人かの主任からお話を伺ったが、仕事に対する姿勢が真っ直ぐで、挨拶などの躾についても厳しい。最近は20歳代の若い人たちも入社してくるが、中には雑巾を絞れない人もいる。そうした人たちに基本を叩き込み、時には厳しく、そして時には優しく接する。もちろん綺麗事ばかりではないが、この会社には人間に"関心"を持つ人たちがたくさんいる。
 お話を伺った会議室は、普段研修に使われていると言う。主任研修で使われたであろう模造紙が壁一面に貼られていたが、そこには「こんな主任になる!」という決意表明がこう書かれていた。「うっとおしい主任になる」。「鬼姫主任になる」。

22 鉄道整備 (0).jpg 22 鉄道整備 (1).jpg
                      主任研修の決意表明

 現場力のある現場には、必ず「鬼軍曹」がいる。自分たちの仕事に誇りを持ち、それを進化、伝承させようとする現場のリーダーがいることこそ、現場力の証である。
 さらに、この会社の現場は知恵やアイデアの宝庫でもある。様々な提案が現場から出され、実行に移されている。「スマイル・テッセイ」というとても分かりやすいマニュアルは小集団活動から生まれた。バケツをさげて歩くのは見苦しいという提案によって、バケツは廃止された。「お子様に配るグッズがほしい」という現場の提案で、ポストカードが作られ、子供たちに大好評を博している。「こつこつと頑張る人を褒めよう」という提案で、「エンジェルリポート」という褒める仕組みが生まれた。ポケモンやサンタクロースの格好で登場するキャンペーンも現場のアイデアから生まれた。
22 鉄道整備 (9).jpg社員のアイデアで生まれたマニュアルとポストカード

 ヒヤリハットも1年間に1600件、現場から上がってくる。さらには、親会社であるJR東日本への提案も数多く行っている。車両や駅のトイレの改良、ベビー休憩室の設置など、清掃・接客の現場ならではの地に足の着いた改善提案が現場から上がり、実現している。TESSEIの現場は「サイレント・カスタマー」の代弁者でもあるのだ。
 東北新幹線を担当するTESSEIにとって、3.11の大震災は人ごとではすませられない。特別な思いを持って、今も業務にあたっている。「おそうじ中です」の案内表示には、「がんばるぞ!日本」の文字が。被災地へと足を運ぶ人たちがそれを見て、どれほど勇気づけられたことか・・・。
22 鉄道整備 (4).jpg「おそうじ中」の案内表示

 以前、TESSEIを訪れたフランスの国鉄総裁が、「これをフランスに輸出してほしい」と溜め息を漏らしたと言う。日本の先端技術や運行システムには驚かなかった彼が一番着目したのが、きめ細かい日本のサービス力とそれを実現する日本の現場の自律性、自発性なのである。
 鉄道は高度技術の塊でもあるが、オペレーションの塊でもある。日々の運行をいかに安全かつスムーズに行うかが、鉄道システムの生命線だ。車両清掃や接客サービスという地味な領域においても、日本の誇る「ナレッジワーカー」がその任を果たしている。否、一見地味な領域だからこそ、その価値は計り知れないほど大きい。TESSEIは間違いなく日本の鉄道の「総合品質」を支えている。 








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