北九州にある最先端のエコ・ビルディングを見学する機会に恵まれた。新日鉄エンジニアリングの北九州技術センターE館である。
E館の外観
同社で依頼された講演を行うために出向いたのだが、鉄鋼関連の大手エンジニアリング会社というイメージしかなかった同社の最先端のグリーンエンジニアリング力に目を見張った。
言うまでもなく、同社は製鉄プラントを中心にエネルギー、環境などのエンジニアリングソリューションを提供する新日鉄の中核グループ企業。連結売上高約2500億円(2010年度)、従業員数は単独1200人、連結3600人の技術者集団である。
そのひとつの柱が、鉄を応用した建築・鋼構造事業だ。鉄・鋼のプロである同社は、オフィスビルや商業施設、物流施設などのエンジニアリングを手掛けている。航空機の格納庫や超高層ビルやタワーなどにも、同社の技術が活かされている。
その同社が自社ビルの建て直しに際し、建物自体の低炭素化、省エネ化を実現すべく取り組んだのが、この北九州技術センターE館である。最先端の技術の粋を集めたこの建物は、同社のショールーム機能も果たしており、多くの人々が見学に訪れている。
北九州市は「環境モデル都市」を宣言し、最先端の環境技術を駆使したエコタウンの実証研究エリアでもある。新日鉄エンジニアリングはその参画企業のひとつでもある。
地上5階、延べ床面積10500平米、収容人員約800名。解体準備工事に4ヶ月、本体工事に11ヶ月を要し、2011年3月に竣工した。
日本の建物であるから、耐震性能にこだわっているのは当然である。当社の独自技術であるアンボンドプレースなどの制震・制振に優れた、合理的で経済的な構造を採用している。
外から見た建物の外観には、何の驚きもない。すっきりしたデザインだが、高さも5階建てで、取り立ててインパクトがあるわけではない。
しかし、中に入った途端、その認識は一変する。とにかく明るく、解放的なのだ。光に溢れ、オフィス内を流れる空気が軽やかである。"お硬い"鉄鋼メーカーのエンジニアリング会社のオフィスとは思えない。
明るい吹抜空間
その理由は建物の中央部にしつらえられた巨大な吹抜空間である。吹抜部分は5階建てのさらに上に設置された"温室"のようなスペースとつながっている。そのスペースは360度ガラス張りで、自然光を取り込み、1階部分まで優しい光が届く。
太陽光追尾型集光装置が設置され、太陽の後を追うように光を取り込む。オフィスの照明器具には昼光センサーが設置され、自然光の明暗を感知して、明るさをコントロールする。
音室スペース
この温室スペースの特徴は、"光"だけではない。360度取り付けられた給気口、排気窓は室内外の温湿度センサー、屋上降雨計・風速計と連動し、自動的に開け閉めをコントロールする。"光"と共に、"風"を活かす自然換気システムなのだ。
自動的に開閉する窓
さらに、温室スペースには多結晶型の太陽光パネルが設置されている。屋上に設置されている高効率タイプの単結晶パネルなどと併せて、約80kwの太陽光発電を確保している。
太陽光パネル
モダンなビルには数多く見られる吹抜であるが、単なる意匠ではなく、光や風を制御し、発電まで賄うという多機能・高性能の吹抜は、グリーンエンジニアリングの真骨頂である。
それ以外にも、通年温度が安定している地盤を熱源とした地中熱ヒートポンプを採用したり、温湿度、風量、CO2濃度などを把握、分析するBEMS(Building and Energy Management System)や省エネ見える化システムをド入するなど、省エネを管理するシステムやツールにも工夫を凝らしている。
省エネ見える化システム
1階エントランスホールのベンチには間接照明が設置され、省エネ達成率が低くなるにつれ、緑‐黄色‐オレンジに変わる。省エネ意識を視覚的、感覚的に伝達するユニークな仕掛けだ。
i色が変わるベンチ
こうした多彩な技術と仕掛けによって、CO2排出量は年間ベースに換算すると、約230トン削減という実績を上げている。これは同規模のビルと比べ、約35%減という大きな効果である。また、使用電力量は2011年7月に想定ベースラインの25%減、8月には30%減という実績を上げており、大きな省エネ効果も実証されている。
建物の低炭素化、省エネ化のモデルとしてE館の価値は高い。多くの見学者が訪れているという事実が、エコタウンやグリーンテクノロジーへの関心の高さを窺わせる。
問題はこうした最先端技術をいかに日本独自のビジネスモデルへと結実させるかである。「技術力は高いが、商売下手」という日本企業の悪しき評判を覆さなければ、エコで世界をリードすることはできない。
その意味でも、新日鉄エンジニアリングのようなエンジニアリング会社がエコビジネスを牽引することが望ましい。個々の低炭素化技術、省エネ技術をバラ売り、単品売りするのではなく、「パッケージ」として打ち出すことが必要となる。それによって、日本独自の総合力が活きてくるはずだ。
天然資源に恵まれない日本にとって、技術はこれまでも、そしてこれからも欠かすことのできない中核要素である。しかし、技術を活かすといっても、モノづくりの領域では新興国が着実に力を付け、日本を追い上げ、追い越そうとしている。
21世紀に日本が独自技術を活かすのは、エンジニアリングという基盤ビジネスを柱とすべきである。E館という洗練されたビルには、その大きな可能性と課題が詰まっている。