第37話 新日本製鐵八幡製鐵所

 昨年12月の大分製鐵所訪問に続き、新日本製鐵の主力製鐵所を訪問する機会に恵まれた。北九州市の八幡製鐵所である。

37新日鐵八幡製鐵所1.jpg飛幡門


 ここは言わずと知れた日本における製鉄発祥の地。1901年(明治34年)に官営八幡製鐵所として操業を開始した日本における近代産業の"聖地"である。その歴史は110年を超える。

37新日鐵八幡製鐵所2.jpg明治33年伊藤博文が訪問

 そのピークは新日本製鐵が発足した1970年頃。直営人員だけで3万5千人を擁し、関連会社、協力会社を含めると、実に10万人規模の人々がここで働いていた。現在の直営人員は約3千人と、ピーク時の10分の1以下である。
 八幡製鐵所は戸畑地区と八幡地区の2ヶ所に分かれ、くろがね線という総延長距離101kmの専用鉄道で結ばれている。現在の敷地面積は約980万平米、東京ドーム210個分に相当する。しかし、最盛期はその数倍の規模だったというから驚きだ。
 八幡地区の遊休地の一部は、テーマパークである「スペースワールド」として活用されている。その隣接地には、1901年に最初の火入れが行われた東田第一高炉が、東田高炉記念広場として開放されている。

37新日鐵八幡製鐵所3.jpg37新日鐵八幡製鐵所4.jpg

東田第一高炉史跡広場

37新日鐵八幡製鐵所5.jpgスペースワールド

 製鉄所のシンボルである高炉は、現在は戸畑地区にある400万トン級1基のみ。昭和47年に建造されたもので、炉内面積は4250立米。大分製鐵所の2基の高炉はどちらも5775立米。それと比べると、ひと回り小さい。 
ピーク時には八幡地区だけでも6基の高炉が並んでいたという。供給量という面で見れば、八幡製鐵所はもはや新日鐵の中核工場ではない。
 そこに超円高、原料高、熾烈なグローバル競争の波が、襲いかかる。2011年10~12月期の鋼材生産量は、約92万トン。対前年比で約15%減少し、リーマンショック以降初めて100万トンの大台を割り込んでいる。
 タイの洪水の影響による海外向け自動車用鋼板の落ち込みが大きな要因だが、韓国や中国勢が台頭し、世界的な供給過剰が起きている中で、この歴史ある製鉄所は構造的な問題に直面している。
 さらに、新日鐡と住友金属との合併が決まり、統合による効率化追求の一環として、最適生産体制に向けての見直しが進むのは確実である。八幡製鐵所より新しく、規模の大きな製鉄所がいくつもある中、八幡製鐵所の未来は不透明と言わざるをえない。
 しかし、それでも私は八幡製鐵所に「生き残り」ではなく、「勝ち残り」を目指してもらいたいと心から願う。なぜなら、八幡クラスの規模の製鉄所が存続できなければ、日本の製鉄所は根こそぎダメになってしまうと思うからである。「体格」ではなく「体質」で勝ち残るとはどういうことなのかというお手本を、八幡製鐵所には示してもらいたい。

37新日鐵八幡製鐵所6.jpg現在残る高炉


 さらには、ここには規模や効率性を超越した「マザー・ミル」としてのスピリットが宿っている。バランスシートには表れない「目に見えない資産」を、目先の効率性追求で消してはならない。
 「勝ち残り」の方向性は、既に定まっている。八幡製鐵所は「多品種小ロットを究める」製鉄所として、多様な用途向けの製品を供給している。自動車用の薄板、ジュース缶・食缶用のブリキ、新幹線など鉄道用レール(軌条)、変圧器などに使われる電磁鋼板、ビールタンクなどに使われるステンレス鋼板など、「鉄の総合百貨店」を目指している。多様な下流工程を持ち、様々なニーズに対応できる一貫生産、フレキシビリティ、技術力を磨いている。
 目先の超円高は、55%を輸出に依存しているこの製鐵所の収益を大きく圧迫している。輸出向け245万トン(平成22年度)の主な向け先は、東南アジア38%、中国23%とアジアが6割強を占めている。しかし、アジア以外にも、中南米16.4%、北米8.8%、中近東4.5%、大洋州2.5%など世界各地に輸出している。
 いずれかの製品や地域に「特化」するのではなく、製品の多様性、向け地の多様性を究めることで、操業度を維持し、安定した経営に結び付けようという狙いがある。製品の多様性、向け地の多様性は、高い技術力や生産のフレキシビリティがなければ、できる戦略ではない。規模と言う面では劣る八幡製鐵所には、現場力という高い組織能力が備わっている。
その好例が「軌条」と呼ばれる鉄道用レールである。この超円高にも関わらず、「軌条」は海外向けが伸長し、確実に収益を上げていると言う。並大抵の競争力ではない。
 主な輸出先は米国やオーストラリアなど。砂漠などの厳しい環境下でも十二分に耐えうる品質が評価され、レールのメンテナンスコストも軽減できるため、「八幡の軌条」はひとつのブランドとなっている。
 こうした「八幡でしかつくれない」ものに徹底的にこだわることこそが、「体質」で勝負するということである。それは口で言うほど簡単なことではないことは重々承知している。しかし、鉄の「コモディティ化」を阻止することができなければ、この製鐵所だけでなく、日本の鉄鋼メーカーは間違いなく総崩れとなる。
 「体質」の維持・強化に欠かせないのは、「人づくり」である。八幡製鐵所でも、技能継承が大きな課題となっている。社員の年齢構成を見ると、定年前の59歳の人たちが200人近くいる。現場を支える班長クラスは30歳代と若返っているが、その間をつなぐべき50歳代前半、40歳代が"歯抜け"状態となっている。
 一番の問題は、現場で何かトラブルが起きた時の「非定常作業」。どんなに若くて、優秀でも、経験や修羅場体験が乏しいため、いざという時に的確な対応ができない恐れがある。
そうした世代交代のギャップを埋めるため、退職者の一部に嘱託として残ってもらい、次世代を担う班長教育にさらに力を入れていくと言う。それはとりもなおさず「八幡魂」というスピリットを残す作業でもある。
 その一方で、八幡製鐵所では人に関する新しい試みにも、積極的にチャレンジしている。それは現場における女性の採用・活用である。昨年の地元採用者約100名の内、11名が女性。今年も約80名の内、8名が女性である。長い間「男の職場」だと認識されてきた鉄づくりの現場でも、女性を育て、活かす時代に入っている。
 歴史と伝統。そして、変化と挑戦。こうした要素が混じり合い、融合しながら、八幡製鐵所は新たな競争力を持つ現場へと進化しようとしている。

(追記)
 この原稿を書き上げた翌日の3月27日付の日経新聞で、新日鐵が八幡製鐵所の高炉を改修するという記事が掲載された。約340億円を投じて、内容積を従来より18%拡大し、5000立米にする。また、安価な石炭や鉄鉱石などの低品位原料を使っても、生産効率が落ちないよう炉の形状を工夫するという。八幡製鐵所の挑戦は続く。

 







訪問先

新日本製鐵八幡製鐵所

このページの先頭へ