今回は仙台空港から車で向かった。東日本大震災の時の津波が押し寄せる仙台空港の映像は衝撃的なものだった。高速道路から車中眺める景色にも、瓦礫の山など大震災の爪痕がいまだに残っている。
積水ハウス東北工場は幸いにも直接的な被害は受けなかった。停電による一時的な操業停止はあったものの、被災から1週間あまりの3月19日には操業を再開した。
そして、東北工場はこれまでに2800戸の仮設住宅を供給し、復旧・復興の一翼を担っている。今後、被災地の公営住宅の建設が始まる。その規模は宮城、岩手、福島の3県で向こう3年間で2万戸と言われている。大手ハウスメーカー、地場の工務店を巻き込んだ受注合戦が繰り広げられていると言う。
しかし、東北工場の柱はあくまでも、一棟ごとの自由設計にもとづく「邸別受注生産」である。一棟一棟の設計・施工計画に則って、出荷日から逆算して一棟ずつ生産する。必要なものを、必要な時に、必要なだけ生産するというジャスト・イン・タイム生産が行われている。生産能力は500戸/月。棟にすると200棟/月である。
大手住宅メーカーは物流コストを軽減するため、それぞれの地域毎に工場を持ち、地域内での一貫生産を基本としている。積水ハウスも東北、関東、静岡、兵庫、山口と国内5工場体制を敷いている。東北工場は平成9年8月に国内6番目の工場(その後、滋賀工場は閉鎖)として生産を開始し、東北6県と北海道、新潟エリアを担当している。
東北工場の最大の特徴は、製造業務そのものは外部の協力会社が中心となって行っていることである。積水ハウスの社員数は約100名に対し、協力会社の社員は約150名。積水側は管理・統括を担当し、実際の製造工程そのものは協力会社の社員が担っている。近隣にある複数の協力会社から部材の供給を受けているが、そこでも約300名が勤務している。
東北工場以外の工場でも協力会社は活用しているが、ここまで全面的に協力会社を起用しているのは東北工場だけだと言う。東北工場が稼働を開始した今から15年前の状況を考えると、どのモノづくり企業も固定費を抑え、アウトソーシングや業務委託によって変動費化することがひとつの流れであった。
確かに製造コストに占める労務費という意味では、業務委託によってコスト削減は可能だ。しかしその一方で、現場の指揮命令系統は複雑になり、労務管理、品質管理といった面でも組織内での徹底が難しくなるのが一般的だ。メーカー側からすると、製造ノウハウがブラックボックス化したり、設備のメンテナンス能力を喪失するといった弊害も多くの現場で生まれている。
そんな中で、東北工場は複数の協力会社との緊密な連携を保ち、「バーチャル・ワン・ファクトリー」として整然と運営されている。管理職、現場リーダーレベルでの方針の徹底、緊密なコミュニケーション、情報の開示・共有がなければ、こうしたオペレーションはうまく機能しない。
私の個人的な意見としては、日本のモノづくりの現場は正社員を中心とした内製化を柱とすべきだと思っている。日本独自の現場力という競争力を磨くためには、同じ目標、価値観を共有し、一体となった運営が可能な組織形態の方が望ましい。現場をコストセンターとしてではなく、バリューセンターと位置付けることによって、現場力は発揮される。
しかし、東北工場のように操業開始時から協力会社を軸とする生産体制を敷いたところは、状況が異なる面もある。当初から協力会社をパートナーとして位置付け、「運命共同体」を形成しているのだから、「ワンチーム」として機能する確率は高い。それでも、「組織密度」を常に高める不断の努力と工夫は不可欠である。
日本の大手住宅メーカーは、コンピュータやロボットなどの自動化を駆使し、「工業化」を推し進めてきた。機械にできるものは、できるだけ機械にやらせる。そのことによって、コストを削減し、品質も安定させる。東北工場も機械化による省人化、省力化に取り組んできた。
その一方で、お客さまのご要望にはきめ細かく対応できるフレキシビリティも兼ね備えなければならない。その両立をどう実現するかが、現場の腕の見せどころである。「邸別受注」という高付加価値の実現とより一層の効率性・品質の追求は、けっして「二律背反」ではない。
鉄骨工程と外壁パネル工程を見学させていただいた。住宅の梁など1棟に使う鉄骨の量は約5トン。マテハンロボットや溶接ロボットを駆使して、切断・穴あけ、溶接、防錆の加工を行っている。
鉄骨工程のラインは約80m。そこに携わる協力会社の社員は常時2名にすぎない。
鉄骨工程だからといって、単純作業の繰り返しと思ってはいけない。一棟ごとに鉄骨の長さは異なるし、穴をあける位置や大きさも微妙に異なる。「邸別受注」を可能にするためには、設計や施工の意向を踏まえ、お客さまの「わがまま」に応えなければならない。
それは外壁パネル工程も同様である。全長700mのコンベアで、貼り合わせ、一体化、塗装という作業が流れていくが、塗装の色のバリエーションだけで250種類もあるという。「邸別受注」による色とデザインのバリエーションに効率的に対応することが求められる。現在は塗装のセット替えに1日40分近くかかっているが、現場の知恵でこうした不稼働時間をさらに短縮することが課題だという。
積水ハウスの工場には、同社の住まいの構造や性能を分かりやすく紹介する施設「住まいの夢工場」が併設されている。東北工場の敷地内にもテーマパークのような立派な施設があり、毎月150~200人が来訪する。
ここは「夢を売る」一般の展示場とは違い、住宅の構造や部材の特徴など住宅の機能的な面を分かりやすく体験し、理解する施設である。数多くの実験装置が設置されており、住宅の構造の違い、性能の違いなどを体感することができる。
日本における2010年の住宅着工戸数は81.3万戸。20年前の1990年は167.3万戸を記録したが、今ではその半分以下にすぎない。
一方、住宅メーカーの数はとても多く、それぞれの地域に有力な地場密着の工務店(パワービルダー)が存在する。積水ハウスは売上高1兆円を超える最大手だが、それでも市場シェアは1.3%程度にすぎない。いかに住宅産業が分散型市場であるかが分かる。
需要の低迷、価格の下落、原材料費などの高騰など、大手住宅メーカーを取り巻く環境は厳しい。価格破壊が進行する中で、積水ハウスのような大手がパワービルダーに対抗するためには、大手ならではの独自性ある差別化を実現しなくてはならない。「住まいの夢工場」はそのための重要なエンジンとして、更なる進化が求められている。
住宅は「一生に一度の大きな買い物」である。モノづくりだけではなく、情緒性、嗜好性、機能性、合理性など買い手のあらゆる側面にきめ細かく対応する「新たなビジネスモデル」を打ち出すことが求められている。