第45話 ヤマト運輸岩手主管支店

 宅急便最大手ヤマト運輸の盛岡営業所を訪ねてきた。同社の現場を訪問するのは、都筑仲町台センター(第30話)、神奈川物流ターミナル(第31話)に続き、3度目である。

45 ヤマト盛岡1.jpg46 ヤマト盛岡2.jpg                      ヤマト運輸盛岡営業所

 今回の目的は、同社の新規事業の取り組みについてお話を聞くことである。しかし、その内容も同社の現場力の凄さを再認識するものであった。
 同社では今、岩手県内を対象に「まごころ宅急便」という新たなサービスを展開している。これは65歳以上の要援護者が、食品や日用品などの生活必需品を電話で注文し、地元のスーパーが品物を揃え、ヤマトが届けるというサービスである。
 高齢化が進み、「買い物難民」が増えている過疎の地域では、こうしたサービスのニーズは大きい。特に、被災地を抱える岩手では、状況はより深刻である。
 しかし、このサービスの狙いは、単なる「買い物代行」だけではない。品物の配達時に、ヤマトのセールスドライバーが利用者の体調や困りごとを聞き、それぞれの地域の社会福祉協議会に情報を届ける「安心見守りサービス」も行っている。
 2005年の国勢調査によると、岩手県内の高齢者単独世帯、高齢夫婦世帯は約8万2000世帯。全世帯の17%に上る。そして、病気や自殺などで独居高齢者が死後に発見されるケースは、年間200人にも達するという。
 「買い物難民」と「孤独死」という二つの深刻な問題に対するひとつの答えが、この「まごころ宅急便」という新たな試みである。2010年に西和賀町で試験的に開始し、今では大槌町、釜石市での取り組みが始まっている。
 この新たなサービスを考案・企画し、推進しているのは、同社の岩手主管支店営業企画課長の松本まゆみさんである。タイトルこそ"営業企画課長"と付いているが、この新サービス立ち上げのプロジェクト・リーダーの役割を担っている。


45 ヤマト盛岡3.jpg松本まゆみさん

 松本さんはバリバリの「現場叩き上げ」である。盛岡出身の松本さんは、東京の大学を卒業し、就職したが、離婚を機に岩手に戻った。2児の子育てをしながら、1998年にパートのセールスドライバーとしてヤマトに入社した。2008年に正社員となり、その翌年には盛岡駅前センター長となった。
 その頃、松本さんはある体験をする。88歳の独居女性の家に、いつものように息子さんからの荷物を届けた。「何か様子が違う・・・」と感じたものの、次の配達もあったため、声を掛けられなかった。
 その夜、その女性は孤独死した。発見されたのは、死後3日。「あの時どこかに連絡していれば、助かったかもしれないし、少なくとも孤独に亡くなることは防げた・・・」。松本さんは自責の念に駆られ、仕事も手に付かなくなってしまった。
 高齢者が安心して暮らせる社会をつくらなくてはならない。そのためにできることがあるのではないか。「まごころ宅急便」はこうした松本さんの強烈な原体験から生まれた。
 松本さんからこれまでの経緯についてお話を伺い、その熱意、行動力に圧倒された。「まごころ宅急便」というコンセプトを実現しようとすれば、ヤマト運輸単独では実現できない。地元の社会福祉協議会やスーパーの協力を得なければ、「絵に描いた餅」で終わってしまう。
 松本さんは動き始めた。地元に泊まり込み、社協やスーパーに押しかけ、新たなサービスの狙いを伝え、協力を仰いだ。地元の大学で社会福祉を専門にする先生を訪ね、知恵やアイデアをもらった。「自分が動かなければ、何も変わらない」。その使命感が松本さんを突き動かした。
 「まごころ宅急便」が生まれたのは、松本さんという「個人のパッション」からである。しかし、それはヤマト運輸という「組織の土壌」があってこそ生まれたものだとも言える。
 実際、この新たなサービスの立ち上げを後ろから押し、支援したのは、現場を統率する主管支店長である。松本さんが企画書を書き、上司に上げるたびに、「考えが甘い。こんなんじゃやっていけない!」と突き返された。しかし、そこには小さな赤字で、突破するためのアドバイスが記されていた。
 「まごころ宅急便」に至るまでにも、松本さんは上司に背中を押され続けてきたと邂逅する。正社員になることを躊躇していた時には、「いいから受けてみろ!」と励まされた。センター長になる時には、「迷わなくていいからなれ!」と勇気づけられた。
 現場主義を徹底するヤマト運輸では、現場に大きな権限が委譲されている。現場のことは現場にしか分からない。常にリアリズムに対峙している現場だからこそ、最も適切な判断と行動ができる。新規事業の育成についても、徹底した現場主義が貫かれている。
 「まごころ宅急便」を商品化したい!。松本さんはこれからの抱負をこう語っている。言うまでもなく、高齢化社会は岩手だけの問題ではない。「まごころ宅急便」というサービスを求めている人たちは、日本全国に存在する。
 その道程はけっして容易なものではないはずだ。事業としての採算性、関連する企業や組織との連携づくりなどハードルはけっして低くない。
 しかし、だからこそ現場ならではの知恵が不可欠だ。松本さんは「ヤマトだったらできるはず!」と力強く言う。
 とても印象的だったのは、松本さんが自社のトップである木川真社長についてこう触れた時である。「うちの社長は"為さざるの罪"と言っています。私はその言葉をとても大切にしています」。
 経営トップの言葉を、現場の社員が真正面から受け止めている。ヤマトの強さの本質はここにあると私は実感した。
 私が訪問した前の週に、「第2回社会イノベーター公志園」決勝大会が気仙沼市で開かれた。全国大会出場者16名の中で大賞(代表受賞者)となったのは、松本さんだった。




訪問先

ヤマト運輸岩手主管支店

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