第47話 アマゾンジャパン・ロジスティクス株式会社市川FC

 アマゾンは言わずとしれたeコマース(ネット通販)の世界最大手である。ジェフ・べゾスが1995年にシアトルで創業。2011年度の取扱高は481億ドル。創業以来わずか16年で日本円に換算すると約4兆円弱の取扱高を誇る企業にまで成長した。
 特に、ここ5年の急成長ぶりは驚きである。2006年度の取扱高は107億ドルだから、5年間で5倍近い成長を遂げている。そのダイナミズムには目を見張る。べゾスが起業の時にレストランのナプキンに描いた単純明快な事業コンセプトが、とてつもないスピードで実現している。

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ベゾスの事業コンセプト

  アマゾンがウェブサイトを運営している国は、米国、英国、ドイツ、フランス、カナダ、イタリア、スペイン、中国、日本の9ヶ国。現在のアクティブカスタマーは約1億6400万人に上る。
 日本はその中できわめて優先順位の高い国のひとつである。国内の取扱高は5千億円程度とされ、全世界の取扱高の約10%以上を占めている。
 創業後わずか5年後の2000年に、日本で業務を開始。2012年4月現在、国内に10ヶ所のFC(フルフィルメントセンター)を有している。2011年の1年間だけで愛知県常滑市、埼玉県狭山市など4ヶ所をオープンさせた。
 さらに、2012年中に岐阜県多治見市に、2013年には小田原市にも新たなFCをオープンさせる。アマゾンが日本市場をいかに戦略的に重視しているかが見てとれる。正午までに注文すれば当日の午後9時までに受け取れる当日配送サービスが好評で、国内1位の楽天を猛追している。
 アマゾンのビジョンはきわめてシンプルである。まずひとつ目は、「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」。常にお客様からスタートするという原理原則が、アマゾンをここまで成長させてきたドライバーであることは間違いない。
 そして二つ目が、「地球上で最も豊富な品揃え」。オンライン上で求められるあらゆるものを探し、届けるという利便性はeコマースならではの価値である。実際、アマゾンが提供している品揃えは実に5000万タイトルを超える。
 創業時の書籍から始まり、CD,DVD、PC、ソフトウエア、ゲーム、家電、食品・飲料など、取り扱い商品のカテゴリー数、アイテム数は増え続けている。取扱高に占める非メディア商材の比率は、既に50%を超えている。
 アマゾンでも当初は回転率を上げるために、売れ筋重視を打ち出していたが、6?7年前に在庫戦略を変更。原則として自社で在庫を抱え、「1年に1個でも売れるものは在庫を持つ」というロングテール重視に切り替えた。
 自社在庫、カテゴリーの拡充、ロングテール重視がアマゾンの成長戦略の柱であることは間違いないが、それを実現するには、強靭なオペレーションの確立が不可欠である。サイト上に新たなカテゴリーの商品を並べるのは容易であるが、品種やサイズがバラバラで、売れ筋から死に筋までの究極のロングテールを適切に発注・在庫管理し、配送するという一連のオペレーションの構築・運営は、生半可ではできない。アマゾンの優位性は、まさにこの「オペレーショナル・エクセレンス」にこそ存在する。
 そのオペレーションの心臓部がFC(フルフィルメントセンター)である。アマゾンではDC(ディストリビューションセンター)ではなく、FCと呼んでいる。単にモノを動かすのではなく、「お客様の満足を満たす(Fulfill)センター」であるという思いがそこには込められている。
 今回は日本の中核FCである市川FCを訪問する機会に恵まれた。2005年の開業。建物は4階建て。その延べ床面積は18800坪、62000平米。東京ドーム1.3個分ほどの広さである。

47 アマゾン2.jpg市川FC外観

 

 日本での業容の拡大に伴って、市川FCが扱う商材やその役割などは変化してきている。来年新設予定の小田原FCの延べ床面積は、市川FCの3倍を上回る20万平米である。新設のFCに比べれば、規模の面では劣るが、これからも日本のマザーベースであることに変わりはない。
 受付に設置されているモニターでは、会社での取り組みなどが紹介されていた。「KAIZEN is a nature of human being」(改善は人間本来が持っている素養である)という言葉がとても印象的だった。この言葉だけで、この会社が大切にしていることが伝わってくる。
 4階の事務所棟の廊下の壁には、「KAIZEN Display」というコーナーがあり、様々なKAIZENの取り組み事例が紹介されている。やったことだけを機械的に紹介するだけでなく、楽しく読ませる工夫が施されている。改善の定着には、こうした小さな工夫が大切なのだが、それができている現場は少ない。
 毎年4000件以上の改善提案が現場から上がってくる。QC活動も活発で、全拠点で数十チームのQCサークルが熱心に活動しているという。改善に対する報償はキーホルダーやマグカップ程度というから、けっして報償目当てではない。KAIZENを文化として根付かせようとする地道で愚直な取り組みが行われている。
 アマゾンの取り組みについての説明を伺った後、2階・3階の在庫スペース、1階の入出庫スペースを見学させていただいた。市川FCで扱っている商品は、本やDVD、食品など比較的小さなものが中心。逆に種類は多く、入れ替わりも激しい。アイテム数は数十万SKUに上る。
 その棚管理は一見雑然としているように見える。本の隣にDVDや漫画があり、その隣に化粧品が置かれている。そこには何の法則性もルールもない。
 私は本は本、食品は食品などのようにカテゴリー別に棚管理されているものと固定観念で考えていた。しかし、現実を見れば、アマゾンで買い物をする人は、ある特定のカテゴリーの商品だけを買うのではない。色々な商品をミックスして注文してくる。そうしたランダムな注文を処理するための最適なスペースマネジメントや作業効率を考える上では、商品カテゴリーよりも大きさや形状の方がはるかに重要なのである。
 日本のFCを統括するディレクターである佐藤将之氏は、アマゾンのFCを「巨大なアッセンブリー工場」だと称する。何百万もの部品点数から、お客様個々の発注に合わせて仕分けし、箱に詰め、届ける。まさに一品一葉のアッセンブリーを行っているのである。
 1階に降りると、入出庫のための搬送ラインや梱包ラインが敷設されている。当日配送や翌日配送を実現するには、スピードが命である。そのためには、徹底的な機械化、自動化が欠かせない。最先端のハード・ソフトを駆使した自動化設備は、まさにアマゾンのコアコンピタンスである。
 多数の多様な機械が365日、24時間稼働するには、機械のメンテナンスが欠かせない。機械のすぐ脇にはアマゾンのジャンパーを着たメンテナンス部隊が常駐し、定期整備だけでなく、何かトラブルがあった時に迅速に対応している。まさに、「ニンベンの自動化」(自働化)である。
 1階の奥のスペースには「安全道場」(SAFETY DOJO)と呼ばれるスペースが設けられている。安全に関する啓蒙、教育についても手抜きがない。
 安全のみならず、アマゾンは「アマゾニアン」を育てるための人材教育に力を入れている。その柱となるのが、14の項目からなる「リーダーシッププリンシパル」である。
 アマゾンではポストに関わらず、全員がリーダーとしての行動を求められる。「リーダーシッププリンシパル」はすべてのアマゾニアンにとっての信条であり、行動原則となっている。トヨタに「トヨタウェイ」があるように、アマゾンでは「リーダーシッププリンシパル」が組織を束ねる共通の価値観として機能している。採用や人事考課についても、これがベースとなっている。
 市川FCは日本におけるマザーベースであると共に、世界のFCをリードするグローバルマザーベースでもある。実際、生産性や品質を示す指標においては、世界をリードする数字を上げていると言う。新たなFCを担うリーダー人材を輩出するミッションも担っている。
 しかし、創業者であるべゾスはそれに飽き足らず、「ぶっちぎりの1位を目指せ!」と叱咤する。どの組織でも、立ち上げ期は恐ろしいほどの熱気が湧き出す。しかし、安定運営に入ると、初期の熱気は消え失せ、様々な活動も形骸化してしまう。そこがオペレーションの怖さでもある。
 べゾスはそこを見抜いているのだろう。アマゾンジャパンが「ぶっちぎり1位」のオペレーションを確立するには、市川FCが進化し、世界に先駆けた取り組みを次から次へと生み出していく必要がある。そして、それを支えるのはKAIZENやQC、5Sといった日本が生み出したオペレーション思想であり、方法論である。
 「ぶっちぎりの1位」とは何かを示すべゾスの言葉を佐藤氏が教えてくれた。「マラソン大会で1位でゴールした人間が息を整え、月桂樹の戴冠式を終え、インタビューを受けている時に2位の選手がようやく競技場に入ってくる。ぶっちぎりとはそういうことだ」。べゾスの野心はとてつもなくでかい。
 米国発ベンチャーとしてのダイナミックでスピーディな意思決定と思い切った資源配分、そしてITを中心とした先端テクノロジーがアマゾンの強みであることは間違いない。しかし、アマゾンの強さの秘密はそれだけではない。自分たちがオペレーションの会社であることを自覚し、地に足の着いた現場力を磨き込み、競争力の根幹に据えようとしている。
 卓越した戦略と先端技術に愚直な現場力が加わった「三位一体」経営。日本企業が目指さなければならないお手本をアマゾンは示している。

訪問先

アマゾンジャパン・ロジスティクス株式会社 市川FC

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