第50話 株式会社マザーハウス 本店

 「途上国から世界に通用するブランドをつくる。」というミッションを掲げ、山口絵理子社長が2006年3月に設立した株式会社マザーハウス。「現場千本ノック」でも、同社のバングラデシュ・マトリゴール工場について第19話で紹介した。(マトリゴールとはベンガル語でマザーハウスの意味)
 今回は2012年9月1日に移転オープンした本店を訪ね、山口さんから話を聞いてきた。秋葉原駅から徒歩5分。昭和通り沿いにある店舗は、シックな外観で、お洒落だ。とてもスタッフ手づくりの店とは思えない。

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マザーハウス本店外観

 

 以前の本店とは比べ物にならないほど広く、ゆったりとし、店内の空間も洗練されている。外のロゴマークやディスプレイにも統一感がある。

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本店店内

 

 マザーハウスが販売するすべてのバッグと洋服が揃う「旗艦店」としての規模と質を兼ね備えている。このお店を見れば、マザーハウスの6年間の進化の足跡を感じることができる。
 秋葉原に近いとはいえ、周りには大した店があるわけではなく、ありふれたオフィス街だ。それでも、店の雰囲気につられて、通りがかりの人が店に立ち寄り、バッグや小物を買っていくという。男性客も多い。マザーハウスのことを知らなくても、商品力や店舗力で勝負できるようになっていることがそこからも分かる。
 店内の一部には、ネパール製の洋服やストールが並んでいる。マザーハウスはバングラデシュに次ぐ第2の生産拠点としてネパールを選択。現地の素材を使った洋服やストールを販売している。

 50 motherhouse4.jpg ネパールで生産された洋服やストール

 

 政情不安定でインフラも整わないネパールでの生産は、経済活動を営む民間企業の選択としてけっして合理的なものとは言えない。しかし、その選択にこそこの会社の存立基盤がある。
 経済合理性を超えた意思決定を行い、そこに経済合理性を持ち込む。その過程は難題と苦労の連続だが、それがなくなればマザーハウスはマザーハウスでなくなる。
 このネパール製の洋服も、売り上げは好調だと言う。現地の小さな工場で働く従業員は6人。そこで、月に200着生産する。昨年は山口絵理子社長自身が多くの時間を使い、ネパールの立ち上げに尽力してきた。
 マザーハウスの出発点であるバングラデシュは、順調に拡大を続けている。2011年11月にダッカから2時間半のシャバールという街に自社工場を建てた。今では80人を超える従業員を抱えている。
 この地を選んだのは、人が集めやすいからだという。労働集約的な生産において、人の確保はなにより大切だ。
 しかし、この地でも次々と新しい工場が建設されている。人件費の安さに目をつけ、中国などから雑貨や靴などの生産が移転されているという。
 人の引き抜きも頻繁に起きている。10人採用しても、2?3人は引き抜かれて辞めてしまう。中国企業などが高い給与を提示するからだ。
 でも、中国企業の多くは日雇いの臨時工として雇う。仕事がある時だけ、高い給与で雇うが、仕事がなくなればお払い箱だ。
 こうした工場の建設ラッシュは、当然だが人件費の高騰を招く。現在の平均相場は8000タカ。日本円にすると、約1万3000円ほどだ。
 マザーハウスでは1万2000タカ(約1万9000円)と、相場の1.5倍の給与を払っている。2011年4月に旧工場を訪問した時には、4500タカと聞いたから、この2年で3倍近くに跳ね上がっている。
 「途上国発のブランドをつくる。」というミッションを掲げるマザーハウスは、人件費が高騰するからといって、他の地へ逃げるわけにはいかない。人件費のアップに見合う付加価値の高いものへシフトできるかどうかが鍵になる。
 現在のバッグの生産量は、月産3500個。これに提携工場での生産分1000個/月が加わる。年に約5万個のバッグを生産している。
 バングラデシュの課題は人だけではない。生産拠点としての注目が集まるバングラデシュでは、材料を集めるのも困難になりつつある。中でも、バッグに不可欠なレザー(牛皮)の調達が難しくなっている。
 レザーの原皮そのものはインドから持ってくる。バングラデシュでは皮なめしを行っている。6年前にはバングラデシュでの皮なめしなど誰も見向きもしなかったのだが、今ではヨーロッパや中国から注文が殺到している。ローカル企業であるマトリゴール工場の注文は、量が少ない割には、品質にうるさいので、どうしても優先順位が低くなりがちだ。
 一見、順調に拡大しているように見えるマザーハウスのマトリゴール工場だが、その裏では途上国ならではの悩みが尽きない。
 新たな課題を抱えながらも、マザーハウスの売り上げは順調だ。当面の目標としていた年商10億円は、ここ1?2年で達成できる目途が立ってきた。現在、国内8店舗、台湾4店舗を展開しているが、新店舗の計画も相次いでいる。
 新店だけでなく、既存店の売り上げも伸張している。バッグの売上平均単価が、@1.4万円から@1.8万円へと上昇しているのも心強い。付加価値の高い商品が売れている証である。
 山口さんがゼロから立ち上げたマザーハウスは、現在では日本50人、バングラデシュ80人、ネパール6人、台湾20人、計150人を超える多国籍チームへと変貌を遂げた。
 2012年10月に発売されたマザーハウスのブランドブック『バッグの向こう側』は、いかにもマザーハウスらしいブランドブックだ。バッグなどの商品は一切出てこない。
 この本で紹介されているのは、バングラデシュの工場で働くマザーハウスの従業員たち。"バッグの向こう側"にいるたくさんの主人公の素顔を紹介したいという山口さんの思いが溢れている。
 そして、マザーハウスは2012年の株主総会で、バングラデシュ・マトリゴール工場の責任者であるモインさんを取締役に選任した。規模はまだまだ小さいが、真のグローバル企業を目指すマザーハウスらしい素晴らしい人事だと思う。
 山口さんの野望はさらに続く。バングラデシュ、ネパールに次ぐ第3の生産拠点はどこか?
 ラオス、スリランカ、アフガニスタン、ミャンマー・・・。色々な国の名前が彼女の口から上がってくる。
 彼女の夢は果てしない。

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山口絵理子社長

 

訪問先

マザーハウス本店

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