第51話 PEC産業教育センター

 東海道新幹線・岐阜羽島駅の改札口を出ると、きりっとした青年が出迎えてくれた。駅の正面にある4階建ての立派な社屋に着くと、若いスタッフたちが総出で歓迎してくれた。それだけでこの会社が何を大切にしているのかが伝わってくる。
 私が訪問したのは、PEC産業教育センター。トヨタ生産方式の創始者である大野耐一氏の最後の弟子と言われ、「ムダとり」で有名な山田日登志所長が1978年に設立した、現場改善の教育や指導を行っている教育機関である。

 

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PEC産業教育センター外観

 

 私は2012年9月にパシフィコ横浜で行われたPEC主催の第19回改善実践リーダー集会に講演者として招かれ、山田所長とお会いした。日本のものづくりに大きな危機感を抱かれている山田所長からもっとお話を伺いたいという私の要望を快く受けていただき、今回の訪問が実現した。

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山田日登志所長

 

 PECの名はものづくりの現場ではつとに有名である。私がこれまでに訪ねたものづくり企業でも、PECの指導を受けたり、社員を研修に派遣しているところが数多くあった。
 PECは設立以来34年間に亘って、トヨタ生産方式をベースにした「作業改善研究講座」などのプログラムを通じて、1万人以上の改善トレーナーを育成してきた。毎月泊まり込みの研修を6ヶ月に亘って行い、実践的手法で改善リーダーを育成し、日本のものづくりの基盤を支えてきた。
 一方、山田所長をはじめとする8名のコンサルタントが個別企業の指導も行っている。キャノン、ソニー、NECなど名だたる企業が現場改善の指導を受け、その数は実に340社にものぼる。
 山田所長は最近直々に指導されたある「ケーキ屋」の実例を教えてくれた。

 「ケーキ作りの現場で、作業台が半分にならないか?と言うと、昼休みの間に女性スタッフたちが考え、工夫して、こうすれば半分にできますと言ってきた。それで火がついて、色々な"ムダとり"が現場で自発的に始まった。今では利益が大幅に改善した。」

 PECの指導原理はきわめてシンプルである。会社の業績は、「利益=売価?原価」で決まる。利益を上げるには、「売価を上げる」か「原価を下げる」しかない。
 顧客に支持され、利益を上げるには、「原価を下げる」ことがなにより大切。そのためには、社内のムダを徹底的になくすことを追求することが求められる。現場改善とは、ムダを見る目を養い、それを取り除く行動を指している。
 単に与えられた仕事を遂行するだけではなく、常にムダを探し、「ムダとり」ができる社員を増やすことが、利益の向上に直結する。利益の追求という目標があってこそ、改善は現場に定着する。
 PECの研修は実践的だ。観念論ではなく、実践を通じてムダとは何か、改善とは何かを体感し、浸み込ませる。だから、「モラール」(やる気)が何より大切だ。
 研修の入り口でガツンと叩かれる。甘い気持ちで研修に臨むことなどありえない。身なりや服装、挨拶にもとても厳しい。リーダーとしての覚悟が問われている。
 しかし、山田所長は「1時間で人は変わる」と語る。「大切なのは、知識ではなく意識」。改善の方法論やノウハウを記した本は山ほどあるが、知識を詰め込んだだけでは、現場に改善は根付かない。改善にかける思い・スピリットを植え付けることが、PECの真骨頂である。
 日本のものづくりの現場を支える人づくりに尽力してきた山田所長にとって、昨今の日本の大手電機メーカーの退潮はきわめて嘆かわしい事態だ。山田所長はこうした企業の経営陣を、「経営の舵取りに失敗した」と一刀両断する。

 「大手電機メーカーの経営者は、近代化という名の下に巨額の投資を行い、たくさんのムダをつくってきた。経営の要諦は、収入を見越して、出ずるを制す。先行投資ができるほど賢い奴などめったにいない。」

 巨額の設備投資を行い、数年で工場閉鎖に追い込まれた日本の大手電機メーカーの惨状は、明らかに経営の判断ミスである。経営者が誤った判断をしてしまえば、それを現場が取り戻すことはできない。
 企業経営は「現場力」だけで成り立っているわけではない。「本社力」と「現場力」という両輪が揃い、噛み合ってこそ、質の高い経営は実現できる。
 未来のビジョンを示し、身の丈に合った独自性の高い戦略を打ち出し、それに基づいた傾斜資源配分を行う。こうした一連の「本社力」がなければ、どんなに現場が血の滲むような努力を続けても、大きな成果にはつながらない。「大きなムダ」をつくりかねない「本社力」を今一度鍛え直すことこそが、「現場力」という日本独自の競争力を活かす道なのである。
 お話を伺った所長室には、大野耐一氏がつくられたトヨタ生産方式の手引書や手紙などが大切に陳列されていた。そして、大野氏の直筆の色紙が燦然と掲げらていた。 

51 PEC3.jpgトヨタ生産方式の手引書

 

「かくすればかくなるものと分りなば やむにやまれぬ改善魂 大野耐一」

 今、この言葉が必要なのは、日本のものづくり企業の経営者たちである。
 

訪問先

PEC産業教育センター

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