拙書『新幹線お掃除の天使たち』の舞台となった鉄道整備株式会社は、2012年10月1日に社名を変更した。社内公募を行い、最終的に決定した新社名はJR東日本テクノハートTESSEI。社名は変わったが、その仕事ぶりと「テッセイ」の愛称は変わらない。
この本のメイン舞台は、東北新幹線などが折り返す東京駅にある東京サービスセンター(SC)。しかし、テッセイには東京SC以外にも、上野、田端、小山にSCがあり、それぞれが大切な役割を担っている。
田端SC入り口のプレート
今回、私が訪問したのは田端SC。東京SCは「折り返し清掃」を担当しているが、ここ田端SCは「基地清掃」と呼ばれる業務を担っている。
京浜東北線上中里駅を降りて、徒歩1分。新幹線高架橋の下に田端SCは存在する。新幹線の車両基地に併設されており、業務を終えた新幹線が束の間の休息をとる前の車両清掃を行っている。
このSCは24時間フル稼働。3交代勤務で、1日に34~36本、約400両もの車両清掃を行っている。まさに、「新幹線劇場」を支える「裏方」の現場である。
業務開始は1985年。新幹線上野駅開業に伴い、設立された。2012年3月には清掃業務の訓練を行う研修センターが開設された。田端SCは「裏方」であると同時に、テッセイの人材育成を担っている。
現在の陣容は約220名。その内、約100名がパート社員だ。平均年齢は約50歳。中国、韓国、フィリピンなど日本以外の国籍の人も10名ほどいる。
女性比率は約3割。しかし、現場を統率する管理職には女性が多い。9名の副課長の内4名、8名の主事の内5名は女性だ。
会議室でSCの概要説明を受けた後、ワクワクしながら現場を見学した。現場への扉を開けると、新幹線の姿が目に飛び込んできた。新幹線が入線するのだから、現場は縦長だ。その長さなんと430m。それが3本用意されている。
このSCでの業務は、車内清掃だけではない。ブラシによるボンネット清掃、汚水や汚物の処理、給水、車両搭載誌などの充填など実に多岐に渡る。
基地構内の新幹線の運転も受託している。現在、構内運転士が13名在籍している。鉄道好きの若い人たちにとっては、あこがれの仕事だ。
階段で下に降り、汚水処理、給水の仕事ぶりを見させてもらった。ここは若い男性スタッフの持ち場だ。重いホースを接続したり、硬いコックをひねるのは力作業だ。二人が自転車で移動しながら、テキパキと仕事をこなしていく。
汚水処理・給水作業
上に戻り、車内に入ると、東京駅での「折り返し清掃」さながらのスピード感で仕事がされている。列車の折り返し時間があるわけではないので、もう少しゆったり業務が行われているかと思っていたが、とんでもない。現場はよい意味での緊張感に溢れている。
車両清掃作業
ブラシで行うボンネット清掃には6人が従事。計約40名がひとつのチームとなって「基地清掃」は行われている。
やっかいなのは、車種の多さだ。昔ながらの200系から最新鋭のE5系まで、ここでは8種類もの車両形式の清掃を担当する。当然、設備などは異なるので、清掃の要領や手順も変わってくる。
車両数にもよるが、1本の清掃に要する時間は20分から30分。東京SCの「7分の魅せる清掃」も凄いが、田端SCの「20分の完璧清掃」には「裏方の底力」を感じる。
三交代は7:55~16:25の1組、13:45~22:15の2組、22:00~6:30の3組に分かれている。夜に行う清掃が1日14~16本と比較的多い。
仕事の環境は時に過酷だ。夏の猛暑日は気温42℃。真冬の深夜勤務時は零下になる。けっして生半可な気持ちで務まる仕事ではない。
だから、人手の確保は容易ではない。毎年50~60人を採用するが、1年以内に半数が辞めていくという。パート社員の時給は昼間勤務は@¥1100。夜組は@¥1330。目先の賃金だけで、働くモチベーションを上げるのは難しい。
だから、田端SCではやりがい、働きがいを感じる様々な工夫を行っている。現場見学が終わり、事務所に戻る途中には、クリスマスを楽しむためのスタッフの写真入り掲示物が各組ごとに貼られていた。遊び心満載で、競争意識も煽り、チームとしての一体感を高めようとしている。
クリスマスにちなんだ掲示板
休憩室には提案箱が置かれていて、3ヶ月毎にテーマを決めて、現場社員のちょっとした気付きや意見を募っている。多い時には1ヶ月で180枚もの提案が集まるという。
数多くの気付きが寄せられる提案箱
実際、こうした提案は現場での業務に大いに活かされている。清掃道具を乗せるカートの作業性を高めるための提案や外部から搬入される座席シートカバーに皺がつかないためのアイデアなど、現場ならではの知恵が生まれ、改善につながっている。
現場の知恵が活かされている作業用具棚
真によい現場とは、「言われたことをきちっとやる現場」ではなく、「自分たちでよりよくしようとする現場」のことである。現場には知恵やアイデアが眠っている。それを引き出し、活かすことが業務の生産性や品質の向上を生み出し、現場の活性化にもつながる。
また、田端SCでは各組ごとの「スモールミーティング」を大切にしている。これも形式的なものではなく、ちょっとした「井戸端会議」だ。現場の不平・不満を溜め込まずに、こまめに吐き出させる。
そして、改善につなげていくべき意見は、現場のまとめ役である主任が受け止め、管理職である主事たちに上げていく。現場のスタッフたちが意見を言いやすいように、「スモールミーティング」には管理職は出ないようにしているという。現場‐主任‐管理職のパイプが確立しているからこそできることだ。
テッセイでは新幹線が入線する際に、一列に並び、一礼して出迎えるのが決まりだ。東京駅でこの姿を見て、多くの感動の声が寄せられている。
この作法は田端SCでも変わらない。しかし、乗降客のいない田端SCでの一礼は、人に見られることはない。それでも、彼らは整然と一列に並び、丁寧にお辞儀して、新幹線を出迎える。
一礼の様子
その姿は感動的だ。まるで、神聖なセレモニーを見ているような気持ちになってくる。声は聞こえないけれど、入ってくる新幹線に対して、「お疲れさま!これからきれいにしてあげるからね」と語りかけているような「あったかさ」が伝わってくる。
この現場には間違いなく「お掃除の神様」が宿っている。