貴州省は山深いところである。貴陽も標高1000mを超える。少数民族の故郷として紹介されることが多いが、中国で最も貧しい省でもある。2008年の貴州省1人当たりGDPは$1272。1万ドルを超える上海の8分の1であり、全国平均3000ドルの半分以下である。
この辺りは中国における石炭産地のひとつである。石炭産地としては山西省、内モンゴル、陜西省が有名であり、この3地域で全生産量の50%以上を占める。貴州省は全生産量の4.5%を占め、2010年の生産量は1億6千万トンである。
言うまでもなく、石炭は中国の最も重要な産業のひとつである。豊富な埋蔵量を背景に、一次エネルギー消費量全体の70%を石炭が占めている。特に、電力向けの構成比が高く、中国全体の石炭消費量の50%弱は電力向けである。これが大気汚染の源にもなっている。
中国の石炭は埋蔵量が豊富とはいえ、広大な中国市場をカバーするには鉄道などによる輸送が不可欠である。この鉄道輸送能力の不足によって、中国国内の地域間需給ギャップは埋まっていない。
そのため、皮肉なことに石炭大国であるはずの中国は現在、輸入石炭への依存度を高めつつある。国内の石炭産地から遠い東部や南部の沿岸地域ではオーストラリアやマレーシアからの輸入が増えている。
今回は貴州省最大の国営企業である貴州盤江投資ホールディングスが運営する盤江精煤股分有限公司という炭鉱会社の金佳鉱という鉱山を訪ねてきた。
金佳鉱事務所棟
盤江投資ホールディングスは石炭会社を核に、電力会社や鉄道、物流会社、さらには金融会社、商業施設などのディべロッパー会社などを傘下に持つコングロマリットとして2010年に設立された。そのグループ会社は160以上、従業員数は5万人を超える。
盤江精煤股分有限公司はその中核企業で、14の炭鉱を持ち、従業員数は約2万8千人。金佳鉱はその内のひとつで、盤県の街中からそれほど離れていない。約3千人の従業員がここで働いている。
全景
金佳鉱は周囲を山に囲まれたところに立地する。深い炭鉱への入り口にはトロッコが止まっている。建物や設備は古びた雰囲気が漂う。水処理設備や寮なども揃っているが、活気はない。話を伺った鉱長もどこか覇気が足りない。
トロッコが止まっている炭鉱入り口
通訳から話を聞いて、その理由が分かった。この炭鉱ではこの1年ほどで2度の事故を起こし、数十人の死者が出ているのだ。
事故の理由を尋ねると、ガス突出事故だと言う。この辺りは石炭と共に天然ガスも埋蔵されていて、石炭を採掘するにはガスを抜く作業がとても重要になる。
しかし、このガス抜き作業を担当する現場作業者が手抜き作業、偽りの報告をしていたため、ガス突出事故が起きたと言う。現場作業者の低いモラルによって大事故を招いたのだ。
死亡した人の家族には、1人当たり120万元の補償金が支払われたと言う。日本円にすると2千万円弱。これは中国では破格の金額だ。現地では「口封じ」のためだと言われている。
帰国後、調べてみると、金佳鉱だけでなく中国の炭鉱では事故が頻発している。2002年に7000人近い犠牲者を記録して以来、安全規定の強化などによって大規模な事故は減少していたが、それでも2012年の炭鉱事故による死亡者は1384人。これもあくまで公表値であり、過少報告されていると一般には見られている。
石炭採掘の現場で働く作業者は、中国でも最も貧しい人たちである。これだけ貧富の差が激しくなる中で、過酷な環境で最低賃金の労働に従事する人たちのモラルを維持するのは容易なことではない。
金佳鉱で採掘する石炭の多くは、四川省の鉄鋼メーカーに納入されると言う。しかし、中国の鉄鋼メーカーは明らかに供給過剰で、収益に苦しんでいる。当然、石炭価格も低く抑えられる。
しかも、金佳鉱はガス抜きなどの余分な作業がかかるため、採掘コストも高い。さらには、度重なる事故やトラブルで生産性も上がらず、輸入石炭に価格で太刀打ちできないと言う。
多くの日本人は、「中国は天然資源に恵まれ、天然資源に困ることなどないはず」と思い込んでいるが、現実はそれほど単純なものではなかった。持てる天然資源を活かせるかどうかは人間にかかっている。
鉱長がこの炭鉱の中枢部であるモニタリングルームに案内してくれた。発電所や管制塔のような中央管制室をイメージしたが、小さな部屋に設置されていたのはたった2台の液晶パネル。1台には電気系統などの回路図が、そしてもう1台には採掘現場の様子がカメラによって映し出されている。
モニタリングルームのパネル
鉱長は「このモニターで可視化し、コントロールしている」と説明するが、こんな仕組みでは何のモニタリングにもなっていない。本気で「見える化」をする意志などないのだろう。
人の命の犠牲のもとに成り立っている企業、国家は果たして永続しうるのか。鉱山は迷走する巨大国家のひとつの象徴だった。