今回どうしても訪問したかったのは、2014年6月の新水族館移転に向け、古びてはいるがどこか味のあるこれまでの水族館が11月末で閉鎖され、取り壊されてしまうからである。巨大水槽ができる新水族館はとても楽しみだが、小さくて老朽化しながらも踏ん張ってきたこれまでの水族館をどうしてももう一度見たくてやってきた。
現水族館の目の前にある敷地では、新水族館の建設が着々と進んでいる。まだ建物の全容は見えないが、景観を損なわないよう配慮された白を基調とした3階建ての新水族館が来年6月にオープンする。施設規模は現在の約3倍になる計画だ。
その新水族館を横目で見ながら、古びた現水族館に入った。村上龍男館長に出迎えていただき、色々とお話を伺った。
新水族館にはちょうど巨大な水槽が運び込まれたところだと言う。この水槽は直径5m、高さ6mの円形水槽で「クラゲシアター」と命名されている。そのアクリルパネルの厚さは27cm。ミズクラゲ約1万匹が展示される予定で、その幻想的な光景は大人気になることだろう。
新水族館のオープンが決まってからも、現水族館の人気は下がっていない。平成24年度の入場者数は、ギネス認定効果もあり27万人。15年前の平成8年度に10万人を割り込み、倒産の危機を迎えた地方の小さな水族館が、クラゲで復活し、右肩上がりの上昇を続けている。
村上館長が面白いデータを見せてくれた。日本の主な水族館の床面積と年間入場者数を比較したものだ。
*名古屋港水族館:41529平方メートル、178万人
*大阪海遊館:31044平方メートル、225万人
*美ら海水族館:19199平方メートル、272万人
これをもとに、1平方メートルあたり年間入場者数を割り出すと、美ら海水族館は142人、大阪海遊館は72人、名古屋港水族館は57人。
それに対して、1600平方メートル、27万人の加茂水族館は169人になる。地方の、しかも交通の便がけっしてよいとは言えない場所にある水族館としては驚異的な数字だ。
新水族館のオープンによって、入場者数は50~60万人規模になるだろうと予想されている。その効果は単なる水族館人気にとどまらず、地域の活性化につながるのは間違いない。
庄内はもともと歴史や文化が豊かなところである。水族館がマグネットとなり、観光地や温泉地が賑わえば地方活性化のひとつのお手本となりえる。
新水族館の期待は膨らむばかりだが、その一方で水族館の運営について村上館長は大きな危惧を抱いていた。それは水族館の入館料収入とレストラン・売店部門収入が切り離され、別々の管理下に置かれることが鶴岡市の方針として決まったからだ。
入館料収入は鶴岡市、レストラン・売店部門収入は一般財団法人である鶴岡市開発公社のものとなり、相互でのお金のやりとりも禁じられるという。従業員20名足らずの小さな水族館であることは変わりがないのに、運営主体は分断される。
規模が拡張し、人気の水族館になれば、レストランや売店で商売をしたいという業者は間違いなく増えるだろう。そうした"利権"を都合のよいように活用するために、敢えて分離させるのが市の方針だと言う。
加茂水族館は館長と現場の自助努力でここまで這い上がってきた。そこには飼育や研究、レストラン、売店などという垣根はなく、みんなが一体となり、我慢し、工夫し、努力を続けてきた。それが組織的に分断されてしまえば、これまでのような一体運営、臨機応変な対応は損なわれてしまう。
大組織であれば機能分化は合理的な選択肢だが、加茂水族館のような小さな組織はひとつにまとまり、柔軟性を確保することが生命線だ。それが政治の都合で捻じ曲げられてしまうのはなんとも許し難い。人気の水族館になったことが仇となってしまいかねない。
村上館長のお話を伺った後、館内のクラゲ研究所に出向いた。ここではクラゲの繁殖などの研究を行っている。
加茂水族館を世界一のクラゲ水族館へと導いた立役者である奥泉和也副館長からクラゲの生態について興味深い話を伺うことができた。副館長のクラゲへの情熱は半端ではない。この「のめり込む力」があったからこそ、この水族館は世界一になれたのだ。
顕微鏡で拡大したクラゲを見せていただいたり、これまでの取り組みを時系列的に説明していただいたり、アッと言う間に楽しい時間が過ぎていった。クラゲは神秘的で、実に奥が深い。
来年6月にオープンする新水族館。建屋や水槽は大きくなり、ダイナミックで華やかになる。エンターテイメント性は高まり、入場者の歓声も大きくなるだろう。
しかし、その裏では地道な繁殖や研究が行われている。リサーチとエンターテイメントが両立してこそ、「世界一のクラゲ水族館」であり続けることができる。そのためには、それを可能にする組織体制、組織運営が必須だ。
新水族館は楽しみでもあり、心配でもある。2014年6月の再訪問を約束して、鶴岡を後にした。