その経営理念は「多様な金融サービスを提供することにより、住宅金融市場における安定的な資金供給を支援し、我が国の住生活の向上に貢献します」(一部抜粋)。
旧住宅金融公庫では住宅ローンを直接融資していたが、現在は長期固定金利住宅ローンを民間金融機関が提供できるよう資金の融通を行ったり、民間金融機関による貸付が困難な分野の直接貸付を行うのがこの独法の主要なミッションであると位置付けられている。
資本金は6706億円。すべて政府出資である。買取債権等の残高は28兆円にも及ぶ。
役職員数は約920名。水道橋駅近くの本店、さらには全国主要都市に11店舗を構えている。
この住宅金融支援機構がカイゼン活動を全国展開している。その第2回の「カイゼン発表全国大会」が本店で開催され、審査委員のひとりとして招かれ参加してきた。
政府系の独法がカイゼン?違和感を覚える人も多いかもしれない。日本の民間企業ではカイゼン活動は当たり前のように行われてきた。トヨタ自動車に代表される日本の自動車産業が世界でトップクラスの競争力を手に入れた要因のひとつは、間違いなく現場における愚直なカイゼン活動だ。
カイゼンは製造業のみならず、サービス業、小売業でも広く浸透し、長年に亘って地道な取り組みが行われている。現場の目線に立ったボトムアップ型のカイゼンは、日本企業の大きな競争力の柱として位置付けられている。
しかし、住宅金融支援機構のような独法や中央・地方の行政機関でカイゼンが根付いているという話は聞かない。カイゼンに取り組み始めたという事例には過去にいくつか私も接したことはあるが、少なくとも私が知る限り途中で頓挫し、いつの間にか消えてしまっている。
なぜ住宅金融支援機構はカイゼンに取り組み始めたのか?発足以来、この機構も様々な合理化の取り組みを行ってきた。支店の統廃合や業務の集約化など組織の枠組みを変えることによるコスト削減、効率化は積極的に推し進めてきた。
しかし、枠組みの見直しによる合理化効果には限界がある。より一層の効率化や生産性の向上、さらには顧客サービスの向上を目指すには、現場の目線で仕事のやり方や仕組みの在り方にメスを入れなければならない。
また、トップダウン式の合理化一辺倒では現場の士気も上がらない。現場主導の地に足の着いたカイゼンの取り組みによって、現場の活性化、職員の士気高揚につなげていくことが求められていた。
住宅金融支援機構のカイゼンの取り組みが他の独法や行政機関と一線を画すのは、経営トップの本気度である。機構を牽引する宍戸信哉理事長は、就任以来一貫して現場力の重要性を組織内で語り続け、その具体的なアクションとしてカイゼンを推進している。
カイゼンというボトムアップの動きは、トップダウンによってしか始まらない。トップの熱意、本気度が伝わらなければ、現場はお茶を濁した程度ですませようとする。現場をその気にさせられるかどうかは経営トップ次第である。
カイゼンは全国29部署で行われた。その取り組みや成果がイントラネットで紹介され、職員たちの投票によって6チームが全国大会への切符を手に入れた。
全国大会へ駒を進めたのは、財務企画部、総務人事部、CS推進部(お客様コールセンター)、まちづくり推進部、東北支店、九州支店の6チーム。各チームは発表に工夫を凝らし、学芸会風の凝った演出も交え、会場は大いに盛り上がった。理事長をはじめとする審査委員の投票によって、最終的に金賞、銀賞、奨励賞が選ばれ、表彰された。
中でも、私が秀逸だと思ったのは、お客様コールセンターの取り組みだった。お客様からの電話応対をするコールセンターでは、東日本大震災以降、被災者からの住宅ローンに関する電話が相次いでいる。
自宅が被災し、住む家をなくした人、修理を必要とするが人たちが住宅の建て替え、修理のために新たな住宅ローンを借りることができるのかなど深刻な悩みを抱えて電話を掛けてくる。
しかし、災害復興住宅融資などの制度はあっても、その制度体系は複雑で、個々の被災者の方に適用できるのかどうか現場ではとても判断に苦しんでいた。マニュアルや手引きは用意されているが、経験や知識が豊富なベテランのコミュニケーターでなければ使いこなせず、被災で苦しむお客様からの相談に十分には応えられていなかった。
そこで、お客様コールセンターでは実際に質問の多い箇所を中心に、融資の申込書1枚を見れば回答できるように、補足説明を分かりやすく手書きで書き込み、経験の浅いコミュニケーターでも対応できるようにカイゼンを施した。
使い勝手の悪い分厚いマニュアルではなく、実際に業務を行うコミュニケーターの目線でカイゼンを考え、1枚の申込書に現場のノウハウを凝縮させる。どこか温もりを感じさせる手書きの申込書は、現場でしか作ることのできない珠玉の1枚だ。
手書きで細かく追記された珠玉の1枚
一見小さなことのようだが、現場ならではのこうした地道なカイゼンの積み重ねこそが、現場の効率性や生産性、さらには顧客サービスの向上を飛躍させるポイントである。
独法だろうが、行政機関だろうが、現場力の火種は間違いなく存在する。それを顕在化できるかどうかは、現場の問題ではない。経営トップ、そして本社・本部の在り方こそが問われている。