第76話 ラッキー商会

 山梨県甲府市にあるラッキー商会を訪ねてきた。宝石・貴金属の企画、デザイン、製造、販売を行っている会社だ。
 ジュエリー産業が山梨県の地場産業であることはあまり知られていない。私も今回の訪問で認識したのだが、日本のジュエリーのなんと3分の1は、山梨で生産されている。
 その起源は戦国時代まで遡る。武田信玄が金を採掘した際に、その副産物として水晶が多く産出した。その水晶を研磨する技術がこの地で養われ、ジュエリー業界の発展につながったという。今でも1000社近くが県内でジュエリー関連の仕事をしているという。
 ラッキー商会は1937年創業。業界でも屈指の歴史と実績を有している。ジュエリーの企画から、デザイン、製造、販売まで一貫して行っている数少ない会社だ。
 JR身延線南甲府駅にほど近い本社屋を見て、まず驚く。二棟の北欧風デザインの建屋は渡り廊下でつながっている。センスの良さを感じさせる外観は、否が応でも期待感を高める。

76ラッキー商会 (3).jpgファクトリー外観


 そして、「ラッキーオープンファクトリー」と命名された工房に入ると、さらに胸は高まる。白で統一されたエントランスの1階から2階にかけて、デザイン原画や約4万点のジュエリー原型が飾られている。いきなり商品を展示するのではなく、原画や原型から入るところにストーリー性を感じさせる。

76ラッキー商会 (5).jpg原型が並ぶ壁面


 この「オープンファクトリー」は2013年4月にオープンした。ジュエリー産業は山梨の地場産業でありながら、製作過程を見学できるような場所がほとんどなく、「閉鎖的な業界」という声もあった。
 ラッキー商会ではこれまでも近隣の小学校の見学を受け入れるなどしていたが、より"開かれた工場"を目指し、改装を実現させた。オープン以来、見学者は毎月100名を超えると言う。
 私はかねてより「これからの工場は"ショールーム"でなくてはならない」と言い続けている。工場をブランディングの柱に据える。生産現場と顧客・取引先をダイレクトにつなげることが、これからのモノづくりには必要だ。
 顧客を「背負う」ことによって、現場力は高まる。ラッキー商会は「ショールーム・ファクトリー」を実践する数少ない例だ。
 2階に上がると、「ジュエリーができるまで」の工程の説明を受ける。デザイン画から始まり、原型作製、ゴム型のワックスツリー製作、鋳造、磨きという一連の工程が理解できる。


76ラッキー商会 (2).jpg成型に使用するゴム型が大量に並ぶ壁面


76ラッキー商会 (1).jpg行程を説明するスペース



 原型の前段階では、3D?CADを使っている。以前は職人が数日かけて作っていたが、今では約8時間で対応できるという。
 説明を受けた後のお楽しみは、「ジュエリー作り体験コーナー」だ。ここでは職人のサポートを受けながら、指輪かネックレスチャームの型どり、石留め、磨き上げ作業を約30分で体験することができる。料金はひとり1500円。単に商品を売るのではなく、「体験」を目玉にするというエクスペリエンス・マーケティングのよいお手本だ。
 この本社で働くのは、約35名。平均年齢は約35歳。1988年には中国・大連に工場を設立し、約30名が働く。
 ジュエリーは需要変動が大きい。需要のピークは、クリスマス商戦。11月から12月中旬にかけてが販売のピークだ。
 そのピークに向けて、8月後半から約3ヶ月かけて、全生産量の半分以上を生産するという。量産品は中国で生産し、特注品や短納期品は日本で対応する役割分担が基本である。
 ラッキー商会は3つの事業で成り立っている。企業向けにオリジナル商品を提供する「OEM事業」。小売店や卸などに商品を提供する「ホールセール事業」。そして、自社ブランドを展開する「プライべートブランド事業」だ。
 自社ブランド「ME」や「WITHME」は、全国の百貨店、量販店約500店舗で販売されている。2012年にはブライダルブランド「H-Bijouterie」をスタートさせた。
 多様な販路、ブランドを展開するラッキー商会にとっての生命線は、「商品管理」だ。同社が抱える商品点数は5万点を超える。材料となる金やプラチナは現金取引が基本であり、在庫の増加は命取りになりかねない。
 こうしたリスクに対応するため、すべての商品にICタグを付け、売れ筋や在庫が月次で分かる「単品管理」を徹底させている。「どんぶり勘定」が多いと言われるジュエリー業界の中では、先端的な仕組みだ。
 ジュエリー産業で成功するもうひとつの鍵は、価格設定だ。ジュエリーの売れ行きは価格設定で決まるという。消費者に「心地よい」と思われる値付けができるかどうかがポイントだ。
 単に安ければよいというわけではない。商品の魅力や価値と価格のバランス。「値頃感」を感じさせる値付けをするためにも、過去の売れ筋データなどを活用した科学的アプローチが不可欠だ。
 「オープンファクトリー」やプライベートブランド展開、商品管理強化、科学的値付けなどを推し進めているのが、3代目社長である望月直樹氏だ。パソナやリクルートに勤務した後、2005年に30歳で社長に就任。次々と新機軸を打ち出している。
 ラッキー商会は2005年に世界的に権威のある格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)から最高位である「aaa」を取得した。これは売上高10億?100億円の中堅・中小企業を対象にした「日本SME格付け」で、日本では12社目の取得である。
 県内の大手ジュエリー会社の中には、ジュエリー以外の分野に手を出し、結果として倒産してしまった会社も多いと言う。そうした中で、ラッキー商会は「ジュエリー一本」でやってきた。
 「伝統」を守りながらも、常に「革新」に挑戦する。ラッキー商会は日本の中堅・中小企業のあるべき姿を示している。





訪問先

ラッキー商会

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