第77話 住宅金融支援機構お客さまコールセンター

 埼玉県大宮市にある住宅金融支援機構(JHF)のお客さまコールセンターを訪ねてきた。JHFの「カイゼン活動」の取り組みについては第70話で紹介した。そこで紹介した「1枚の申込書」がどのような経緯で生まれたのか詳しい話を聞きたくて訪問した。
 「1枚の申込書」とは災害融資についての電話での相談に対応できるよう、現場のノウハウを手書きで申込書に書き込んだものである。それまでは経験と知識の豊富なベテランのコミュニケーターしか対応できなかったのが、この1枚で比較的経験の浅いコミュニケーターでも災害融資の問い合わせに対応できるようになった。私はこれこそ現場でしかつくることのできない「珠玉の1枚」だと思っている。
 このコールセンターの在籍人員は47名。コミュニケーター業務は外部へ委託している。管理者1名、スーパーバイザー8名、コミュニケーター38名の体制だ。
 1日に架かってくる電話の本数は約600件。月間にすると14000~15000件の電話問い合わせに対応している。
 2011年3月11日の東日本大震災以降、災害融資に関する問い合わせが急増した。被災し、住むところを失った人たちが家の建て直し、修理のための融資を受けることができるかどうかを電話で問い合わせてくる。
 災害融資への対応は簡単ではない。災害復興住宅融資などの制度はあるものの、その制度体系は複雑で、個々の被災者の方に適用できるのかどうか、現場ではとても判断に苦しんでいた。
 中でも、原発の被害者からの問い合わせには怒りに近いものが重ね合わさっている。住宅が壊されたわけでもないのに、理不尽にも故郷を追われ、新たに住む家を確保しなくてはならない。原発被害者からの問い合わせは「第一声で分かる」と言うほど深刻なものが多いと言う。
 それほど重大な問い合わせにも関わらず、的確に対応できる人は数名しかいなかった。聞かれたことに断片的に答えるだけで精一杯で、聞かれていないことにもしっかりとアドバイスができるコンシェルジェの役割を果たせる人は限られていた。「分かる人に代わってよ」「何待たせてんだよ」とお叱りを受けることも多かった。
 これは現場のコミュニケーターにとっても辛いことだった。「災害融資の電話はとりたくない」「電話口で泣かれてきつい」といった声が上がっていた。内容の深刻さに加えて、自分が困っている人たちに的確に対応できていないことに対する忸怩たる思いが現場を覆っていた。
 本店が作成したマニュアルや手引書は用意されていた。しかし、その内容は複雑で、現場で使いこなすにはあまりにも使い勝手が悪かった。

77住宅金融支援機構2.jpg申込書の手引書


 現場からは、現場で使いこなせる資料を本店でつくってほしいという声が上がってきていた。しかし、コールセンターの責任者やスーパーバイザーたちはそれが難しい要求であることも知っていた。現場のコミュニケーターたちがそもそも何に困っているのかすら分かっていない本店に、使い勝手のいい資料を噛み砕いてつくることなどできないと感じていたからだ。
 しかし、この状況を放置することはできない。そこで、管理者、スーパーバイザー、そして比較的経験のあるコミュニケーターたちが集まり、「ミニミニプロジェクト」が立ち上がった。日中は電話対応に追われるので、時間外に集まり、議論を繰り返した。
 なぜ災害融資の問い合わせに的確に対応できないのかを改めて考えてみると、借入申込書の記入欄にどのように記入してよいのかを的確にアドバイスできないことが浮かび上がってきた。たとえば、「私の現住所はどこでしょう?」という問い合わせがある。普通では考えられない問い合わせだが、仮設住宅に仮住まいしている被災者にとっては「現住所」がどこなのかすら判断がつかないのだ。
 同様に、申込書に「予定建物」の欄があり、「構造」と記載されているところに「木造(1.一般 2.耐久性)3.準耐火」などを選択するようになっている。しかし、一般の人には「一般」と「耐久性」「準耐火」の区別などできない。こうしたあまりにも不親切なフォームが、電話口で「そんなこと知るか!」「いいかげんにしろ!」とお客さまの怒りの導火線に着火させてしまう事態を招いていたのだ。
 実は、比較的ベテランのスーパーバイザーやコミュニケーターたちは、こうした事態に対応するため、個別に申込書に自分なりの書き込みを行い、スムーズに対応できるよう工夫を凝らしていた。わざわざマニュアルをめくらなくても、重要な情報を申込書に書き込み、すぐさま対応できるよう知恵を絞っていた。
 「ミニミニプロジェクト」のメンバーたちは「これだ!」と直感した。各自が工夫しているそれぞれのノウハウを集め、申込書にそれらのノウハウを書き込めば、わざわざ分厚く、使い勝手の悪いマニュアルをめくらなくても、みんなが問い合わせにスムーズに対応できるようになると考えたのた。
 それぞれのノウハウを持ち寄り、ひとりのスーパーバイザーが手書きで申込書に書き込んでいった。そして、それをみんなで揉み、内容をブラッシュアップさせていった。現場で必要な情報やちょっとした判断材料が1枚の申込書に盛り込まれていった。作成は手書きにこだわった。その方が現場のノウハウが伝わると考えたからだ。
 プロジェクトチームを立ち上げて、約3ヶ月。ようやく「1枚の申込書」が完成した。そこには現場の知恵、そしてお客さまの問い合わせにスピー ディかつ的確に対応したいという現場の思いが詰まっている。この「1枚の申込書」が完成してから、コールセンターのほぼ全員が災害融資の問い合わせに的確 に対応できるようになった。
 たった「1枚の申込書」だが、これこそが現場力の真髄である。現場で対応した人間しか分からない、気付かないノウハウ(暗黙知)を自分たちでまとめ、形にする(形式知)。これはまさに現場における知識創造活動である。

77住宅金融支援機構1.jpg手書きで細かく追記された珠玉の1枚


 本店は何も分かっていない、何もやってくれないと愚痴をこぼす前に、現場にしかできないこと、現場だからこそできることは山ほどある。
 どの会社、どの組織にも現場力の「芽」は存在する。こうした「芽」を大切に育て、「花」を咲かせ、「実」をつけることができるかどうか。現場力強化の鍵はそこにある。



訪問先

住宅金融支援機構お客さまコールセンター

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