第1話 株式会社日立製作所 電力システム社 日立事業所

 連結売上高9兆円、連結従業員数36万人。いまさら言うまでもなく、日立は日本を代表する企業であり、電機メーカーである。
日立事業所はその発祥の地。いわば"聖地"である。しかも、今年は創業100年という記念すべき年。「現場千本ノック」の第1話はここからスタートしようと心に決めていた。

senmbon1-1.jpg日立事業所本館

 日立駅から車に乗り込み、歴史を感じさせる本館に到着。建物の前には石碑があり、「以和為貴」(和を以て貴しと為す)と刻まれている。チームワーク、組織の力という日本企業の原点を思い起こさせる。

senmbon1-2.jpg「以和為貴」の石碑

 日立は長い間、迷走を続けていた。「総合電機」の呪縛を取り払うことができず、せっかくの高い技術力、モノづくりの力を活かすことができなかった。業績も4年連続最終赤字と低迷を続けている。2010年3月期の最終損益は1069億円の赤字。前期の7873億円という巨額損失に比べれば大きく改善したが、他の企業に比べると浮上のスピードはまだ遅い。
 しかし、ここにきて日立の方向性が明確になってきた。2010年4月に就任した中西宏明新社長は、社会インフラ事業や情報インフラ事業からなる「社会イノベーション事業」へ注力するという明確な方針を打ち出したのだ。その具体的な中身がいかなるものかはこれから見守っていきたいが、少なくとも"旗"は立てられた。
 日立事業所はその柱となる事業所である。従業員数約6千人。ここでは電力向けの大型タービンなどを開発、製造している。火力、水力はもとより原子力向けのービンもここで製造している。
 日立は「タービンの日立」と呼ばれるほどその技術力の高さに定評がある。その昔、GEが設計したタービン翼があまりにも複雑な形状をしていたため、GEは製品化を断念したが、GEから依頼を受けた日立工場(当時)は技術陣はその難題を克服し、製品化に成功したというエピソードも残っている。タービンは日立の象徴であり、誇りでもある。
 私が今回見学させてもらったのは、タービン製造部の現場だ。ローターの巨大さ、それを加工する超大型の工作機械に圧倒される。私は三菱電機の名古屋製作所に勤務していたことがあるから、回転機には馴染みがあるが、一般産業用のモーターなどとはスケールが桁外れに違う。
 しかも、単に巨大なだけでなく、メタルカラーのその姿かたちはハッと息を呑むほど美しい。電力用タービンは高度な技術と技能の粋を集めた、モノづくり立国日本の象徴とも言える製品だ。

senmbon1-4.jpg製造中の電力用タービン

 現場の一隅には、「原子力」と染め抜かれた"のぼり"が何本も立っていた。そこで作業を行っているのは、原子力用タービンであることを常に意識させるためのものである。
 タービンの製造ラインは混流ラインである。火力、水力、原子力といった用途を問わず、同じラインで製造する。とりわけ厳しい品質管理を求められている原子力は、ひとつ一つの作業に桁違いの注意が払われている。
 しかし、電力用タービンという高度技術の塊である製品においてさえ、中国メーカーが存在感を高めていると聞き、私は愕然とした。電力用タービンの製造メーカーといえば、欧州のアルストム、シーメンス、米国のGE、ウェスティングハウス、そして日本の重電3社(日立、東芝、三菱)というのがこれまでの"常識"だった。
 しかし、ここに中国メーカー3社、上海タービン、東方タービン、ハルピンタービンが加わり、中国における旺盛な電力需要を背景に、急速に拡大、力を付けているというのだ。
ここ数年における世界の生産台数では、中国メーカー3社が既にトップ3を独占していると聞き、私は慄然とした。その勢いの凄さを分かりやすくいうと、東京電力で現在稼働しているタービン全数分をたった1年で供給していることになると言う。自動車販売台数で中国が米国を抜いて世界一になったことはメディアでも報じられたが、電力用タービンという公共インフラの基幹製品においても、中国がここまで力をつけているのだ。
 もちろん、現時点でいえば技術面でも、品質面でも日立をはじめとする先進国メーカーが先を行っている。中国に技術指導に行かれた技術者の話では、中国では加工は加工、測定は測定と工程の分業が明確に決まっていて、経験の浅い人がその工程で品質不良を見抜けないと他の誰も指摘せず、そのまま通ってしまうという。
 また、外観の擦り傷など日本でなら絶対に通らないものが通ってしまうほど、まだまだ荒削りな面が多いという。品質に対する現場の意識の差はまだ開きがある。
しかし、ものづくりは実践を通して高められていく。新規の発電所が次から次へと建設されている中国における技術や品質のキャッチアップは、私たち日本人の想像を超えている。
他の業界を見ても分かるように、中国メーカーが次から次へと参入し、再編によって巨大化することによって、製品の「コモディティ化」に一気に拍車がかかる。そして、巨大な生産キャパシティを埋めるため、どうしても価格競争に走り、とんでもない値崩れを起こす。
電力用タービンという高度技術、高度技能の粋を集めた製品においても、同様の流れができ始めている。単に技術力が高い、品質がよいだけでは、顧客に選択されなくなるリスクが目の前に迫っている。
 このように「ゲームのルール」が大きく変化する中で、日立のライバルである東芝は、原子力の分野において燃料から発電設備の運営までを一貫供給できる体制の構築を進めている。つい先日も、米国のウラン濃縮会社、ユーゼックへの出資が発表された。個々の製品の競争力という次元ではなく、ビジネスモデル自体を大きく変えようとしているのだ。
上流から下流までをカバーするというのは合理的な戦略ではあるが、その一方で大きなリスクも伴う。自分たちが戦う"土俵"をどう設定するかは、まさにそれぞれの企業の戦略であり、選択である。
 しかし、ひとつだけ間違いなく言えるのは、たとえ高度な技術、高度な技能あっても、それだけで収益を上げるというのは益々至難になっているということである。技術力、ものづくり力という優位性を活かす戦略シナリオ、ビジネスモデルの構築こそが今、求められている。
 日立事業所という発祥の地が持つプライドと優位性を活かすためには、今こそ、日立の「戦略の品質」が問われているのだ。
訪問先

株式会社日立製作所 電力システム社 日立事業所

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