第2話 常盤ステンレス工業株式会社

 大阪・平野区。町工場が集積する大阪の準工業地域である。その昔は加美村と呼ばれ、数多くの養鶏場が営まれていたという。戦後復興期、それが貸工場へと変わり、弱電や自動車産業の発展と共に金属加工やプラスチック加工を営む小さな家内工業がたくさん生まれた。
 常盤ステンレスもそうした流れの中で、先代がアルミ加工業を起こしたことからスタートした。開業当初は山崎金属製作所として、弁当箱、水筒などのアルミ加工業を営み、たいそう繁盛したそうだ。

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 問屋が工場の前に列を作り、商品を作るそばから買い占めていったという。常に現金商売で、金庫にお金が入り切らなかったそうだ。
 しかし、やがてそうした日本の主力産業の仕事も次々と海外に流れ、今ではシャッターを閉めたままの貸工場が増えている。昔の面影はない。
 常盤ステンレスはそうした町の中で、ひときわ大きな建物を構えている。昭和36年に現在の地に工場を新設し、社名も改めた。
 ステンレス加工に特化し、中でも厨房設備、理化学研究設備の特注の「一品生産」を生業としている。発注者は厨房設備や研究設備の設計を請け負う設計事務所だが、実際のユーザーはシェフ(料理人)だったり、医者、研究者である。それなりのこだわりを持つユーザーの"わがまま"を、一品物の製品という形に変えてきた。
 高度成長期は学校給食用の厨房機器、さらには外食チェーンの店舗拡大で受注が急増した。国の予算で発注される大学や病院の理化学研究設備も安定した需要が見込めたという。
 従業員数は110名。同業他社は5~10名程度の零細企業が多く、どんなに多くても30名程度。常磐ステンレスの業容は突出している。しかも、財務体質に優れ、焦げ付きのない優良企業である。

senmbon2-2.jpg工場全容

 この業容の大きさは、常磐ステンレスの大きな優位性につながっている。同社は特注製品という"わがまま"に応えるだけでなく、納期についても"わがまま"を聞く。つまり、超短納期の無理な注文にも応えるのが同社の強みである。
 たとえば、ある日の朝に翌日の夕方までに製作してほしいという特急の注文が入る。常磐ステンレスでは社員総出で、徹夜をしてでも対応するという。
 他の零細工場ではとても対応できない。設計事務所の間では、「急ぎは常盤に頼め!」という評判が確立されているという。
 しかし、それは単に従業員が多いからだけではない。ステンレス加工において最も重要なのは最終工程である「研磨」である。仕上げの美しさがステンレスの命だが、一般の工場では手間がかかる研磨工程がどうしてもボトルネックになってしまう。外注に出しているところも多いという。
 しかし、常磐ステンレスでは研磨工程だけで、10人以上の専門の職人を配置している。これが「どんな納期にも対応できる」同社の強みを作りだしているのだ。
senmbon2-4.jpg研磨工程

 常磐ステンレスの平均年齢は37歳。現場の高齢化が進む中堅・中小メーカーが多い中、突出した若さだ。確かに現場を歩いても、若い人が多い。どんなに経営状況が苦しい時でも、新卒の採用を絶やさず、続けてきた経営判断が現場の活気を生んでいる。
 また、同社では多能工化にも積極的に取り組んできた。ステンレス加工は切る、曲げる、溶接するなど多岐に渡る工程を経るが、それを分業でこなすのではなく、図面を読むところから始め、複数の工程を最後まで責任を持ってやり遂げることができる技能熟練者を時間をかけて育成してきた。
 こうした地道な取り組みが常磐ステンレスの現場力を育んできた。現場は自律し、能動的に動く。たとえば、現場で使用する材料や部品の資材管理、発注は現場の班長が自己判断で行っている。資材担当者に丸投げするのではなく、資材倉庫の状況を自分で把握しながら、必要な時に自分で発注をかける。
 過度な分業はどうしても無責任体質を生む。常磐ステンレスの現場は徹底的に権限委譲され、自分で考え、判断するのが当たり前になっている。
 お話を伺った山崎巌会長はこう語った。「うちは野放し状態なんですよ」。

senmbon2-3.jpg最新鋭工作機械

しかし、この言葉の裏には、現場に対する全幅の信頼と誇りが隠されている。
 こうした独自の強みを築いてきた常磐ステンレスだが、2年前のリーマンショックの影響を避けることはできなかった。壊滅的打撃を受けた輸出依存のメーカーと比べると、その影響は比較的小さいが、それでも受注は3割落ち込んだ。
 外需型のメーカーはその後、受注量そのものは回復してきているが、内需型の常磐ステンレスの受注は落ち込んだまま、回復する兆しが見えないという。
 しかし、内需が期待できないからといって、海外展開することも難しい。厨房設備や研究設備は嵩張り、膨大な物流コストがかかるため、コスト競争という面で輸出は困難だ。
 空調機器などの建築用途など新たな分野の開拓を試みてはいるが、それぞれの分野には独自の強みを持つ専業メーカーがいて、それをひっくり返すのは容易ではないし、時間がかかる。当面は縮小均衡を視野に入れつつ、安定経営を維持することが大切なのかもしれない。
 常盤ステンレスのように独自の戦略と現場力で勝ち残ってきたメーカーは、これからどのような成長の道を目指すべきなのか。懸命に働く現場を歩きながら、ずっと考えていた。
 いくら優良企業とはいえ、過去にしがみついていたのでは展望は開けない。新たな「道」とは何なのか?常盤ステンレスだけでなく、多くの日本企業が手探りを続けている。 





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