水郷の城下町・柳川に「世界一の産業用刃物メーカー」を目指している企業がある。その名はファインテック。コバルトやニッケルなどをブレンドした「硬くて強い」合金である超硬合金を素材とする精密刃物を生産・販売する企業だ。
産業用刃物を使用する「切断」という工程は、どんな業種にも存在する。「切る」という仕事は、業種を問わずに必要不可欠なものである。
しかし、「切る」はあまりにもシンプルすぎて、逆に研究が進んでいない領域であると同社の本木敏彦社長からお聞きした。そのため、従来から使用されているスチール製の刃物がいつまでも主流であり、超硬合金製の刃物はまだまだ浸透していない。
しかし、その性能をスチール製の刃物と比較すると、その違いは歴然である。ファインテックの刃物に変更した納入先では、なんと約63%もコスト削減が実現したという。
刃物単価を比較すると、スチール製が60円 / 枚であるのに対し、超硬製は4,500円 / 枚と70倍以上する。しかし、超硬製は強く、長持ちするため、使用量は200分の1ですむ。しかも、その薄さは最薄のもので15ミクロン。髪の毛をタテ切りできるほどだという。
ファインテックが「世界一の産業用刃物メーカーを目指す」をスローガンとして掲げたのは昨年(2009年)である。それまでも刃物は生産していたが、精密金型部品やセラミック部品などがビジネスの中心であった。
しかし、リーマンショックによって、受注量は激減。一時は通常時の7分の1まで受注が落ち込んだ。
「独自の強みがなければ、景気に大きく左右されてしまう。ファインテックしかできない製品に特化しよう」と本木社長は決断した。そして、超硬刃物という新たな分野の開拓に本腰で乗り出したのである。
ファインテックは1985年の創業。金型パーツの加工を自宅の駐車場で始めたのが最初である。まさに"ガレージビジネス"からの出発だった。
それから徐々に業容を拡大。工場も増設を重ねていった。設置されている工作機械の数は大小約100台にのぼる。
社員数はパート社員を含め約120名。その内の約70名が女性のパート社員である。しかも、女性社員の多くは研削盤などを操る技能者である。
組み立て型の生産現場で女性社員を戦力として活用している例はいくらでもあるが、工作機械を女性が操り、しかもきわめて精度の高い製品を生み出しているのを見て、私はびっくりした。
図面を読み、機械を操るだけでなく、最終工程では五感を駆使して、ミクロン単位の精度で微妙な検査を行う。「女性が高度な機械を使うのはムリ」という私の"先入観"は見事に覆された。
最初に女性に機械を操作させた時は見事に失敗したという。ケガまで発生し、「やはりダメか」と諦めかけた。しかし、それでも「女性でもできるはず!」と粘り、徐々に技能を習得させていったという。
そうした女性社員を指導し、管理しているのは男性班長たちである。女性を戦力化するために、きめ細かい教育、職場環境の整備に努めている。
ファインテックでは、全社を挙げた改善活動も活発である。毎月、全員参加の改善発表会を行い、複数のチームが改善事例を発表し、共有している。「言われたことを真面目にやる」から、「自発的に知恵を出してよりよくする」というより高いレベルの職場づくりに挑んでいる。
ファインテックの最大のチャレンジは、超硬刃物という新たな可能性をいかに顧客に認知させ、従来のスチール製刃物から切り替えさせるかである。刃物を使う現場では、すぐに欠けたり、曲がったりと困った状態が発生しているはずである。
しかし、刃物自体についての知識が乏しいため、「こんなもの」と思い込んでいる可能性が高い。そこに「こんな解決策がありますよ」と超硬刃物の存在を知らしめなくてはならない。
さらに、刃物の用途は無限に存在する。電子部品、自動車、食品、医薬品などあらゆる業種がターゲットである。しかし、あまりに裾野が広すぎて、的を絞るのがきわめて難しい。
既に、大手部品メーカーなどがファインテック製の超硬刃物を採用しているが、その時もスチール製刃物から切り替えるまでに何度も評価試験を繰り返し、結局3年の月日がかかったという。超硬刃物の価値がある程度まで浸透すれば、一気に加速度的に広がる可能性はあるが、それまでは一件一件実績を積み重ねていくしかない。
ファインテックは10年後に売上高100億円、従業員数1000名という目標を掲げている。その成否はモノづくりにおける「現場力のさらなる強化」と需要を掘り起こす「販路開拓、顧客開拓」にかかっているといっても過言ではない。
この分野にはまだ中国勢は参入していないが、既に韓国には競合メーカーが存在するという。産業用刃物という地味な分野ではあるが、こうした「縁の下の力持ち」的な分野で、「知る人ぞ知る」企業を数多く輩出することが日本のこれからの生命線である。
「世界一の産業用刃物メーカー」という"旗"を掲げるファインテックにエールを送りたい。